第一章
その人物は両手で胸に何かを抱えていた。風よけの衣類にくるまれていて確かめる術はないが、抱き方から推測するに赤ん坊か。
「いらっしゃい。予約いただいていた浜先かえでさんでよろしいですか?」
誠が尋ねると相手はこくりと静かに頷いて歩み寄る。
背丈は百六十センチ程度。体格は服の上からでも分かるほど細くて華奢。
「一応、本人の確認をさせてもらっています。顔写真の付いた証明書なんて持っていますか」
「…………学生証なら」
声が若い。
──高校生か、大学生……くらい?
適当に予測をつけて二階から動向を見守る杏子だったが、フードが外れ露わになったその人物の顔を見た途端、昨日誠に言われた言葉が──『『七十二の断片』絡みだ。明日の朝六時ごろに来るらしい。早めに寝ておけ』──鮮明に蘇ってきた。
「本人であると確認した。ここから先は敬語を排除させてもらう。じゃあ、依頼内容を聞いておこう。君の望みは?」
誠に促され、予約客の少女もとい少女であった彼女は目じりに涙を浮かべながら訴える。
「私を……私と彼を元に戻してください……」
学生証に印刷された浜先かえでの生年月日は一九九六年九月二十八日。しかし彼女は若い女の子の顔をしていなかった。彼女は、皺だらけの老婆の顔をしていた。
「なるほど承った。ようこそ龍心堂へ。そういう訳で仕事だ、神藤。降りて来い」
ぽとり、と。
煙草の灰がベランダの手すりに落ちた。風にさらわれ、灰は流れて消えていく。
短くなった煙草の最後の一口をゆっくりはき出した杏子は、火をにじり消して応じた。
「はいな」