二 天使・告げる

 森の中で仮眠をとっていたシルヴィは、目を覚ましてすぐに横方向へ転がって跳ね起きた。

 腹を狙った一撃は、脇腹をかすめるようにして地面に突き刺さる。直前まで見ていた悪夢と立ちくらみからの頭痛に眉を寄せ、シルヴィは小さく舌打ち。

 周囲の状況を即座に把握する。

 場所は、行商人たちが通る細い道から少し離れた森の中。時刻は昼前であろうか。昇りかけた太陽からの光は、木々の葉を通して地面に落ちている。

 襲撃者はヒトガタ。ではあるものの、明らかに人間ではなかった。

 夢で見た──実際に燃え盛る村の中で見た──ロランであったものと姿は似ている。黒い体に黒い翼、赤い瞳。違いといえば、その手に槍を持っていることだ。初撃にも使われた凶器は、刃の根本まで地面に埋まっている。

 ヒトガタは〈悪〉と呼ばれていた。

 その由来は、聖典の時代までさかのぼる。

 曰く、かつて生き物は神にすべてを支配されていた。自ら演じて自ら観るしかない人形劇に辟易した神は、生き物に生死の概念と本能と自我を与えた。いくつもの世代を経て進化していった自我──思想は多種多様に分化し、その先で元・人形が狂ってしまうほどに強くなった。

 破壊と凌辱の限りを尽くす生き物、特に人間を危険視した神は、人間から危険な思想だけを切り取って、別の存在に昇華させることによって問題を解決した。

 人間を罪に駆り立てる、悪徳と総称される感情の権化──〈悪〉として。