本論一・バカにつける薬はない。

 周りに人の気配は皆無だ。レポートの提出期限が間近であることに加え、〈ババ・ヤガーの小屋〉の中央塔四階は学長へ会うときくらいにしか通らないというのが理由にあげられる。そして、学長に会いに行く理由があるのはよほどの優等生かよほどの問題児程度である。

 そのどちらに属するのか、と問われたら、カネミツはすぐさま口を閉ざすが。

「これは、なんなんだよ」

「分からない。ただ、嫌な予感がする」

 右目を押さえたまま、オキツグは自転車のハンドルを撫でる。

 わけの分からない厨二病発言は多いものの、オキツグの予感はよく当たる。それが妄想なのか現実なのか外側から分かりにくいという問題点は、直感と経験則でどうにかするのがカネミツの出した答えだった。

 なにより、オキツグの「予感」──つまり「どこかでなにかが起こっているのが分かること」の理由ははっきりしている。

 オキツグが風属性の魔法を得意としているからだ。

 有機物と無機物を問わず、全ての物質から発生するエネルギー・魔力が、魔法の源である。

 魔法使いの技量は、その魔力をどれだけ自分に都合のいいように発生させられるかにかかっている。オキツグの場合は自転車に貼られた「翼の生えた剣」のステッカーを元にした風属性の魔力がそれで、そういった象徴を身につければつけるだけ、魔法使いの場は強く支配されていく。風だけで窓を開けられるのも、その支配が強く広く行きわたっているためだ。

 故に。オキツグは風の動きに敏感だ。

 支配外の空気の流れが自分の場に影響を与えたときは、特に顕著に。

「風が騒がしいな」