本論一・バカにつける薬はない。
3
──〈ワシリーサのしるべ〉に異常が現れる数分前。
「……っ」
魔法学園〈ババ・ヤガーの小屋〉、中央塔四階の廊下を歩いていたオキツグが、不意に自らの右目を押さえて立ち止まった。
一呼吸遅れてそれに気づいたカネミツが、心底嫌そうな顔をしながら合わせて足を止め、顔だけで振り返った。
オキツグが長く伸ばした前髪と包帯で隠した右目を押さえるのは、癖と言うよりももはや習慣に近い。元々彼と行動を共にすることが多いカネミツではあるが、最低でも週に六回は見ているのだからむしろ日課と言うべきだろうか。
「またダークネスナントカかよ」
行動のあとには言葉が伴うので、カネミツは先手を打って時間短縮を試みる。
オキツグによれば、彼は悪の組織と戦う宿命を背負った正義のライダーらしい。当然カネミツは信じていないが、なぜ自転車で悪の組織と戦うのかなどという疑問を口にすることは意識して避けていた。本人にしか通じない理屈で返されるのが目に見えていたからだ。
「いや、ダークネスパラノイドではない……悪意の純度が低すぎる。これは……」
しかし、今日に限っては様子が違う。
台本でも読むようにすらすらと出てくる「設定」の調子がすこぶる悪い。どころか、表情から焦燥や困惑すらうかがえる。
さすがに異常だと感じたカネミツは、肩にかけた旧式ライフルを背負い直して体ごと振り返った。オキツグは左手でライムグリーンの自転車を支えたまま動かない。