第二章 深奥に滲む


     4


 黒沼の国(ブランダルク)の本隊の到着を確認した左の魔女キリは、従僕を走らせて空を掻っ切る。
 目的地は王家の長達が眠る墓地。だった。
 広大な老樹の森の中にある王墓を探すのは骨だったが、大蜥蜴の翼を駆れば辿り着くのは容易い。
 実際、キリは老樹の国(アトウッド)の城に辿り着く前に王家の墓地を見つけられたし、空から向かったから山間にあっても手を焼くことはなかった。
 果たして。
 しかしながら。
 キリの目的は、そこには無かった。

 ──まさか、かの王の墓だけ王墓の地に無いとはね。

 三百年前に森の開拓をはじめ、国の開発や空中渡航技術の革新。その舵を執った老樹の国(アトウッド)が王、故ミッドエルム。今もって民から偉大な王と称えられ、語り継がれるかつての長が眠る墓の在りかを知る人間は少ない。
 それを知るのは、キリが今拘束している一人だけだ。
 後ろを振り返ると大蜥蜴の身体にロープで括り付けた男の姿が目に映る。白群色の髪を風にたなびかせ、虚空を見つめる瞳には光りが宿っていない。
 それもそのはずだ、とキリは帽子を押さえながら思う。
 何故なら彼の、華燐王の役目はもうすぐ終わり、あとは死ぬだけなのだから。いや、死ぬことによって役目を放棄してもらうと言ったほうが正しい。
 哀れみの感情なんて浮かばない。

 ──悪いのは現・華燐王である貴方なんだから。

 前に向き直って従僕に加速を促しながら、キリは城での会話を思い出す。
 以下、回想。

「お爺様の墓の在りか、だって?」

 白群色の髪の若い男はキリの言葉を聞いて僅かに瞠目した。

「そう。貴方なら知っているでしょう? 華燐王」
「……その口ぶりからして、君は既に王墓の地には辿り着いているんだね」
「ご推察いただけて助かるわ。話が早い」

 王墓の地に故ミッドエルムの墓だけが無かった。
 その理由はいくらでも推測できる。打ち立てた功績。国の民からの賞賛。生きている人間は死者を悼み、そして特別視するものだ。死した者が偉大であればあるほど評する格は青天井に上がっていく。特別であるほど前例と同じようにはしない。
 事実、故ミッドエルムは偉大な王だった。

「早く吐いて頂戴。彼の王の墓の場所を。そして明け渡しなさい。力の源泉を」

 沈黙する男に追い打ちをかけるようにキリは口を衝く。

「だんまりしても駄目。貴方はさっさと情報を吐くしかない。だって条約を破った裏切り者なんですもの」

 条約。
 それは各国同士で交わされる同盟の証である。