閉幕 カーテンコールは素顔で

 では、血濡れた仮面劇の幕を下ろそう。


     *


 モニターの中で、アナウンサーがなにかを話している。

 語る表情は真剣そのものだが、音声を切られたモニターからはなにも聞こえてこない。ぼやけた頭でテロップを読むと、連続殺人の文字が見える。

 画面が切り替わり、テープを張られた昼の裏路地が映し出されて、私はモニターから目を逸らした。

 モニターをつけた柱の向こうには、壁一面の大きな窓。

 外には広く灰色の地面が広がっていて、旅客機が列を作っている。

 モニターと窓を眺められるように置かれたベンチの一つに、私は座っていた。

 周囲には案内を待つ人々が、私と同じように時間を潰している。

 十二月二十五日、クリスマス。

 真っ赤に染まったあの夜から、まだ半日しか経っていないなんて、容易には信じられない。私は思っていたよりも穏やかな気持ちで、人々の中にまぎれている。

 汚れてしまった服と鞄は、オクルスが用意したものに取り換えた。彼自身の衣装とは裏腹に、どこにでも馴染めそうなシンプルなコーディネートで、今だって誰も私を気にとめたりしない。

 昨夜から荷物は増えていない。文字通り鞄一つで、私は空港に足をつけた。

 たった一つ減った荷物は、刃先の折れてしまったナイフだ。長い間手元に置いていたものをなくしてしまったのは、思っていたよりも心を落ち着かせない。忘れ物をしてしまったときの感覚が、ずっと続いているようだった。

「松ヶ谷遥香さまですね?」

 声をかけられ、私はそちらへ目を向けた。

 傍らに立っていたのは、見覚えのない青年だ。落ち着いた色合いの、どこにあってもおかしくないスーツ姿だが、オクルスと同じ雰囲気を放っている。

 人間のように見えるが、人間ではない。その違和感がどこから来るのか、気付くまでに少し時間がかかった。

「……はい」

 青年のとがった耳を視認できたのは、彼の問いに答えてからだった。

 周囲の人間も、気にとめる様子がない。青年が許して、私はようやくその異質さを認識できたのだろうか。

「オクルスさまがお待ちです。こちらへ」

 片手で行く先を示しながら、とがった耳の青年は坦々と私を促す。

 立ち上がって鞄を持ちなおす。その中で、スマートフォンが振動しているのを感じた。

 取り出すと、メッセージの受信を伝えるいくつかの通知。内容の一部と共に表示されている名前は、家族と友人のものだ。