その人物が人外であると分類するのに安易な材料。ありふれていない例外の存在であると判断するのにうってつけの状況証拠である。

 本来あるはずのものがない。

 当夜坂凜子の足元には、影がなかった。つまりそれは、彼女が正常ではないということを示している。

 日の当たり具合とか立ち位置とか、そういうことでもない。少なくとも錯覚ではない。

 足元のアスファルトに映る影は、六呂師のもの一つだけだった。

『ない。無い、ね。はあん。やっぱりね』

「先生、やっぱりって言うと……?」

『ああ。説明は後でするよ。それより六呂師くん。当夜坂凜子ちゃんに代わってもらえるかな』

「え」

 代わるって、電話をですか? と六呂師が聞くと、水上は端的に返した。

『他に何がある』

 と言われても、こちらを明らかに不振がっている相手に電話を代わってもらうのは、至難の技というか、ほぼほぼ無理な話だ。

 当夜坂凜子と六呂師がクラスメイトという関係であっても、それは単純にクラスメイトであるというだけで、実際に話したことがあるかと聞かれれば、今日が初めてだったりする。同じ教室にいるからといって、そこにいるすべての人間と一歩踏み込んだ関係を築けるわけではないのだから。

 にべもない話である。

 クラスメイトというだけで、ある程度の信頼関係は構築できる。しかし、『クラスメイトである』というアドバンテージがあっても、当夜坂凜子に通用するかどうかは別の問題だ。

 彼女は先ほど言っていた。

 六呂師に向かって、お前は誰だと。

 そして、高校は三か月前に中退していると。