三、漆原蒼衣
人間にそんなことを施すのは、法律に触れる。戦争中という非常事態の真っただ中ではあるが、法律は生きていた。ただ、それが適用されるのは、あくまで普通の人間。事実上、戸籍のある人間だけ。捨てられた人間はそもそも人間ですらない。
つまるところ、私は、捨て子なのだった。
仲間と呼べるか定かではないが、同時期にプロジェクトの施設に入所させられた人間は大勢いた。しかし残ったのは、私を入れてたったの二人だった。
屍を越えるということを体感した。
他人よりも優れているということを実感した。
しかし、それだけだった。
私の代のプロジェクト技術者に綾乃さんはいなかったが、担当者は私に言った。「お前に理由を与えてやろう」と。
理由。
存在意義。
目的をくれてやると言った。
敵を倒すという、単純明快な──相手を打ちのめすための言い訳を。
最初はそれに従っていた。何せ、初めて手に入れた存在意義だ。嬉しい、とまではいかないが、失うのが怖かったのかもしれない。
だが、一つの転機があった。
雪が降りしきる真冬の任務だった。
たしか、ロシアからの侵略だったと思う。戦況はこちらが優勢。あとは残党を殲滅して任務は終わりのはずだった。破壊し損ねた敵の機体が、近くに居合わせた民間人を殺したのだ。
その民間人は、親子だった。
まだ若い母親と、年端もいかない少女。
雪に足を取られ、転んだ少女がまず始めに攻撃の対象となった。それを守らんと子供に覆い被さる母親。無情にも、生身の人ひとりで受け止めきれる火力では、なかったというのに。