第一章
十代後半と思しき二人組は、周りに人が多すぎるという点を考慮しても密着しすぎていた。女が男の腕にしがみついているような格好は、ある人が見ればほほえましく、別の人が見たらねたましいものだろう。
そして梶宮は、言うまでもなく後者の側だった。
じわじわと、どす黒い感情が湧きあがる。いくつものカップルを運命的に結びつけた経験のある梶宮は、しかし堕天した今でも独りだ。人混みの中にいれば孤独感は多少まぎれるものの、かたわらにいるのはいつだって他人。孤独であることに変わりはない。
故に梶宮は、妬む。
愛するものがいる人を。愛してくれるものがいる人を。
その嫉妬心は、堕天使の特性──天使であった頃と正反対の能力を得る──と相まって強いチカラを持ってしまう。
恋人同士を強く結びつける能力の反対。すなわち──
恋人同士の関係に、亀裂を入れる能力。
「……リア充ばくはつしろ」
ぼそり、と梶宮が呟いた瞬間、人混みのあちこちで空気が変わった。
──ある男は、相手にとっての禁句を言ってしまった。
──ある女は、相手に隠しておくべきホンネを口に出してしまった。
──ある男は、相手の友人と付き合っていたことを暴露してしまった。
──ある女は、相手の浮気相手を見つけてしまった。
関係に亀裂が入る音すら聞こえてきそうなほどに、梶宮のチカラは暴力的だった。
通りのあちこちで、大小さまざまないさかいが起こる。どす黒い感情が流れ落ちていき、口元に笑みが浮かぶのを、梶宮はゆったりと感じていた。これほど心が安らぐのは、チカラを解放した直後のみと言っていい。