第一章
感情を抱くようになったきっかけを、梶宮はよく覚えていない。
それどころか、最初に感じた情はなんだったのかすら、はっきりと断言できない。
孤独に役目を果たすしかない無気力感か。
かたわらに誰もいない寂しさか。
自らの役目によって結ばれる、地上の男女に対する嫉妬心か。
全てを混ぜ込んだ、言いようのないごちゃごちゃとした感情だったのか。
ともかく。
なにかを「思った」瞬間に、梶宮は地に堕ちた。
鉄筋コンクリートの建物が立ち並ぶ、人の流れのただなかに立っていたことを覚えている。
東京。
天から堕ちたその場所を中心に、梶宮は今も地上をさまよっている。
堕天使──それも、恋人同士を強く結びつける、キューピットの堕天使として。
ふらふらと、当てもなく人の波に乗り続ける梶宮に、明確な意思などひとつもない。どこに行こうとか、なにをしようとか、そういう願望を持つことは、いまだにできていない。
かつて、目についた仲睦まじい男女の小指同士を赤い糸で結んでいたときのように、彼の行動に「理由」はない。強いて言うならば、堕天する前は天使としての使命に従っていたのだが、その使命がなくなった瞬間、梶宮を突き動かすのは不完全な感情だけだった。
今は、無気力感。そして、ふとした瞬間に湧きあがる嫉妬心。
道行く人々を眺めているうちに、梶宮の目が一組のカップルを捕えた。