第二章 深奥に滲む
魔力(マナ)。
それは単に一つの力、存在であるのみならず、一つの作用、資質および状態である。換言すればこの語は、名詞であると同時に形容詞、動詞でもある。つまりは資質であり、実体であり、動力源である。だから結果的にいえば動物の身体の構造にも影響を与える場合がある。
噛み砕けば、魔力(マナ)には成長増進作用がある、ということなのだった。
イドはもう聞き取れない程小さくなって掠れた悲鳴を辛うじて聞き取ってから開いた五指を握り込み──火柱を消した。
その場に残ったのは黒炭と成り果てた鼠の亡骸。死後硬直が起き、時折手足が跳ねる。
「こんなデカい鼠、見たことねえんだけど……」
炭の塊を見て困惑の表情を浮かべるローヤへ、イドは言う。
「魔力(マナ)のせいじゃ。空気の循環用に作った穴から入り込んだ動物が活性して巨大化しとる」
逃した分もある。この先も数はいるだろうと告げるとローヤは露骨に嫌そうな顔をした。
「嫌な顔をしたいのはこちらも同じじゃて」
なだめるようにイドは言う。しかしそれは同調から出た言葉ではない。
時折痙攣したように手足が跳ねる黒炭の塊にイドは視線を落とす。
焼いた鼠は三匹いた。だがその内の二匹が元の手のひら程度の成体の頃と思しき大きさに戻っている。これは、魔力(マナ)が抜け落ちたという証拠だ。
魔力(マナ)を取り込んだ動物は巨大化するのがセオリーである。他にも変化をきたす事はあるがそれはまた別の話。
巨大化、と一口に言ってもそこに至るまでの過程は二つある。
一つは取り込んだ魔力(マナ)の分だけ身体が膨張する場合。そしてもう一つが、成長の過程で魔力(マナ)を取り込んで結合し、種として別物になる場合。
前者は取り込んだ魔力(マナ)が何かのきっかけで抜け出た時、それこそ風船に入った空気が抜けるように萎んで元に戻ってしまう。
対して後者にそのような事は起こらない。種として別の成長過程を歩んでいるからだ。
それらを考慮すると目の前で横たわる個体の一つは巨大化したままこと切れているから、後者であると言える。
種にもよるが鼠の成長は早い。成体になるまでの過程をひと月程度で完結させる者もいる。
つまりは、地下通路の魔力(マナ)が濃くなってから少なくともひと月そこらは経過していることが分かる。
否。
ほつさないと突き放しても、分かってしまうのだった。
──儂が老樹の国に到達するまでそこまでの時間を要することはない。
大広間での景色が思い出される。
切り開かれた森と地を這う建造物群。それらがたったのひと月で完成するわけは無い。
ミラベルの言葉が思い出される。──ここは貴方が知る時代から少なくとも三百年は経過した後の世界なのです──。
──……馬鹿馬鹿しい。
一笑にふして、しかし消え切らないわだかまりを胸に抱えながらイドは歩みを進める。