第一章 暗中に泥む
「ちょっと待て」
「なんでしょうかイド様」
「儂らが戦力に数えられているのは分かった。だが、」
それが牢へ入れられる理由にはならない。
「こちらを戦力として迎え入れたいのならば儂の友を通せば良かろう。少なくとも儂はそれで承諾する」
「それは……」
「と言うか、不戦の契りはどうした。隣国と不仲という話を儂は聞いた事がない。そうだ、奴を、ミッドエルムをここへ呼べ。それでこの話は片がつく。元より儂は奴に会うために老樹の国(アトウッド)へ来たのじゃ」
沈黙が、流れる。
何か不具でもあっただろうかとイドは思う。しかし事実としてイドは友人からの招待により老樹の国(アトウッド)を訪れたのだ。嘘は一つも無い。
「……イド様、向こうへ移っていただいても宜しいでしょうか」
ミラベルが右手で示す先には森が見える窓とは別の窓がある。
脈絡もなく話を寸断されイドは彼女の言動に疑問を持ったが、促されるまま窓辺へ移動した。そして、窓越しに広がる眺望に目を疑った。
「────────」
森が寸断されている。
露わになった地表を埋め尽くすは建造物。白煙を吐き出す建造物群の中心には高さの違う三本の塔が聳えており、塔中腹部に開いた穴から船が出入りして空を泳いでいるのが見えた。
「イド様が記憶する景色とは全く異なると思います」
ミラベルが言う通り、イドが知る広大な森の姿はそこには無かった。
「老樹の森の開拓が始まったのが今から約三百年前。空中渡航の技術が確立されたのがそれから五十年後。荒唐無稽な話と感じられるかもしれませんが、今は貴方が知る時代ではありません。つまり、」
茫然とするイドの横に並んでミラベルは言う。
「ここは貴方が知る時代から少なくとも三百年は経過した後の世界なのです」
声が、出なかった。
喉が干上がり、息を吸い込むたびに乾いた痛みが咽頭に張り付く。
理解が追いつかない。と言うよりも理解する方が難しい。
「そして貴方の友はもう既にこの地には居りません。なぜなら貴方の友──かつての老樹の国が王ミッドエルム様が死去してから既に百年の時が経とうとしているのですから」
瞬きすら忘れた瞳の渇きなど思慮の余地にない。
イドは凍える首を横に振りながら、喉に蔓延する熱を押しながら声を絞り出す。
「──い」
認めたくない、という訳ではない。
「──ない」
ただひとえに、
「彼奴が死ぬ訳が無い……! 彼奴は──」