第一章 暗中に泥む

「お二人とも、まずはこれまでの度重なる無礼をお許しください」

 凛とした声と共にミラベルが頭(こうべ)を垂れる。
 その言葉に最初に反応したのはローヤだ。

「無礼? それはたとえば牢にぶち込んで変な労働に従事させてた事かなお嬢さん」

 言いながらローヤは笑みを浮かべる。その表情は相手をからかうような声色に違わず、軽くて薄っぺらい。
 しかしそんな隣人にたじろぐでもなく、嫌悪の感情を見せるでもなく、ミラベルはあくまで心底申し訳なさそうな表情を浮かべた。

「申し訳ございません。盗賊様」

 その顔があまりにも知り合いに似ていてイドは一瞬だけミラベルに見入っていたが、彼女の言葉尻を思い出して反芻する。

「盗賊?」

 ローヤを見やると目を逸らされた。

「貴様、盗人じゃったんか」
「いや、うん。ほら言うタイミングなんて無かったろ? お嬢さんも余計なこと言わないでくれるかな?」

 そう言って先ほどとは別のにこやかな表情をミラベルへ向けると彼女は困り顔のまま、

「ああ、申し訳ございません。では武器庫様とお呼びした方が宜しいでしょうか? 今は名を無くされているというお話でしたので……」

 ローヤを再び見やると前髪で顔を隠された。

「あだ名がいっぱいあるんじゃな」
「お嬢さん。俺の事はローヤって呼んだ方がいいよ。分かるね?」

 それは兎も角。
 ミラベルの喋り口から、こちらを牢に繋いでいたのは故あってのような印象をイドは受けた。それについて問うと彼女からすぐに回答が返ってきた。

「城への施しに思った以上の時間を要してしまいまして」
「施し、とな」
「はい。それもひとえにお二人を守るためです」

 イドは、よく言うわと吐いて続ける。

「ならば不覚を狙ったのはどういう事だ」

 守る以前にこちらは意識を刈り取られて牢へ投げ込まれている。しかも話す余地もなく、背後から唐突に。

「可及的速やかにイド様を迎え入れるには、あの方法しかありませんでした」
「ふん。いちいち要領を得んな。分かりやすく申せ」

 促すとミラベルは一瞬だけ逡巡して、

「では、お二人が置かれている現状を簡潔にご説明いたします」

 しかし凛とした声で告げる。

「お二人は現在、老樹の国(アトウッド)が有する兵団に所属しています」
「………………ふぁ?」

 素っ頓狂な声を出したのはローヤだ。

「これより一日後、お二人には隣国との国境線付近にある砦の奪還作戦へ出撃していただきます」

 続くミラベルの言葉に再び軽躁な声を上げるローヤを横目にイドは口を挟む。