第一章 暗中に泥む
「おいおいよく分かんねえみたいな反応すんなよ。だってそうだろ? アンタは牢獄の全てを知ってるワケじゃねえんだ。俺も知ってるワケじゃねえけどな」
「どういう」
「もし初めっから同じ労働をしてるって分かってたんなら、少なからず俺はもっと助言はしたぜ」
そこまで言われてイドはようやく気付く。
同じ牢獄にいるからといって、それが二人共同じ労働に就く理由にはならない。それぞれが違う労働に従事していた可能性だってあったのだ。
ローヤの、手を抜く方法を考えろ、という言葉を思い出せば頷ける。隣人は抽象的に助言をしたかったのではない。そうする事しかできなかった。
「とりあえず、これで情報共有が有効アリだって事が分かったんだ。なんか聞きたいことない?」
促すローヤにイドは一瞬思案してから問う。
「この労働の意味は?」
壁を押す事で動力を得るための機構があの部屋であるなら、先の状況ではすでに労働として破綻している。加えて看守の存在意義も無いに等しい。
問いに対するローヤの応えは、
「分かんね」
イドは思わず壁を殴った。
「いや、だから俺も全部知ってるワケじゃねえんだって。俺はアンタと同じ囚人ですぞ」
ローヤは「まあ分かるとすれば」と続けて、
「棒壁の動きのパターンくらいだな」
嘆息混じりに言う。
「パターン、とな?」
「ああ。棒壁の動きは労働の回ごとに一定の法則があんのよ」
いわく、壁押しの労働は決まったパターンのローテーションで成り立っているらしい。
「種類は全部で七つ。アンタが今日やった労働はそのうち四番目のパターンだ」
今日の以外であと六つもあると考えるとそれだけで疲弊しそうなイドは眉間にしわを寄せて問う。
「一応聞いておくが次はどんな内容なのだ?」
「五番か。喜べ、イド。次回は当たりだぜ」
「ほう?」
「床が動くうえに棒全部が高速回転する」
少し希望を見出したのも束の間、イドは壁をぶち殴ってから拳を抱えて床を転げる。
「貴様ふざけるなよ!」
からからと笑っているあたり隣人には悪気がありそうだ。
「まあまあ落ち着けって。五番の攻略法聞きたくない?」
「……嘘は無しだぞ」
「もちろんだって。でもその前に、あの部屋でなんでも試しそうなアンタに一つ注意しとく」
ローヤは一拍置いて告げる。
「棒壁は壊すな。絶対にだ」
いくらなんでもその発想には至らなかったイドだったが、壊した事があるのかと胸中で思いながら了解の返事だけ返して次の言葉を待つ。
「よし。そんじゃ五番の攻略法いくぞ」
「うむ」
「まず棒壁が高速回転すんのは大した問題じゃねえ。ヤバいのは床も回転する事だ。なんでそれがヤバいかって言うと──」