第一章 暗中に泥む
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視界に映るぼんやりとした灰色。
背から臀部にかけて広がる無骨で硬い感触。
鼻腔の奥を刺激する黴臭。
──ここは……ッ。
思案しようとした瞬間、後頭部に響く鈍痛でイドは飛び起きた。
結んだ後ろ髪が首を滑って胸元に垂れる。銀の一房は汗でじんわりと湿っていて、肌に張り付く感覚が不快だ。
イドはその鬱陶しさと頭痛を噛み殺して周囲を見回す。
直近の記憶を辿れば、確か門前で入城のやり取りをしていた覚えがあるのだが。
正面に堅牢な鉄格子が見える。
左右上下は乱雑な石造り。
窓は無く、主な光源は鉄格子外の壁に掛けられた炬火(きょか)のみで、通路を歩くために必要な光量の確保だけを目的にしているようだ。イドがいるところまで灯りが届かず、部屋の中は薄暗くて視界が悪かった。
独房。
そう判断して間違いない。
持ち物は取り上げられてしまったらしい。天鵞絨(ビロード)色の外套もその他諸々も手元にない。残っているのは外套の下に着ていた簡素な麻の服だけ。ブーツすらも持っていかれていて、立ち上がると石畳が足裏に刺さった。
「くそ……!」
少年の小さな拳で力任せに鉄格子を殴りつけても鈍い金属音がそこらに広がるだけで虚しさが残響する。
イドは舌打ちをして壁を背にどっかりと座り込んだ。
──なぜ儂が牢に繋がれなければならんのだ……!
裏拳気味に壁を殴りつけて不満を燻らせる。
拳に滲む痛みなど、どうでもいい。
そんな事より牢にぶち込まれる意味がイドには分からなかった。
門前で何かしたわけではない。招待状を見せて二、三ほど門番と言葉を交わした辺りで不意を取られた。
思い出しただけでも腑(はらわた)が沸騰してくる。
何故だ。
何のために。
胸中で呟くも答えは誰から返ってくるわけでもない。
ここは罪人が留置される空間だ。
おまけに正面の房には誰もいないし、看守が巡回している様子もない。
だからこれは言葉にしようがしまいがただの独り言に完結するだけなのだった。
それでも、何かせずにはいられない。
このやり場のないやり切れない憤りに一先ずの着地点を付けなければ気が狂いそうで。
とは言うものの。
具体的に何かできる事などない。
思考をぐるぐるさせていると不意に背中に振動を感じた。
ややあってまた同じ振動。こつりこつりとノックをするようなリズムは背にした石壁越しのものであるらしい。
「誰かおるのか?」
人の気配は無かったはずだと思いつつも、イドは背にしていた壁に向かって問う。するとすぐさま返答があった。
「ああ、誰も居ねえよ」
男の声。
声質から大雑把に判断するに青年の頃か。
「そうか誰もおらぬか」
「そうだな。だから騒ぐのはやめといてくんねえか? 煩くて寝れねえんだ」
関わりたくない。
そんな感情が隣室の住人から感じられる。
「済まなんだ。それでは黙るとしよう」