X 憎しみの火に焼かれた変容の果て
叩き起こされたかのような目覚めだった。
薬草の香りと腐臭の混じった風を受け、十三番は意識してゆっくりと呼吸をする。
眠りについた、という感覚はほとんどない。体を休めるどころか、肌ににじむ汗も、速く大きくなっている鼓動も、激しい運動のあとのようだった。
炎に焼かれる町の切り取られた一場面が、夢から覚めたいまも瞼に焼きついているような錯覚がある。
──前に見た夢と、全く同じだった。
不気味さに加えて、なにを失ったのかも分からない喪失感が、じわじわと十三番の喉を締め付ける。
またなにかを忘れてしまったのだろう、という達観したような推測には、感傷的な思いはなにも付随してこなかった。
【世界】の宣告通りならば、十三番が十三番ではなかったころの──紛れもない人間であったときの記憶は、徐々に薄れて消えていく。「なにを失ったのか分からない」のは当然だ。「なにを忘れてしまったのか覚えていない」のだから。
故に、十三番の意識に生じた不可侵領域は、少しずつ狭くなっていく。だが、その程度で、薄皮を剥ぐような拷問じみた記憶の欠如が楽になるわけもない。
「……趣味が悪いな」
届くかも分からない【死神】に向けて呟き、十三番は慎重に立ち上がった。
前回、目覚めたばかりのときに感じた痛みが、また発生するのではないかと思っていたのだが、その様子はなかった。
座ったまま眠りについてから、それほど時間は経っていないらしい。まだ太陽が沈むまで時間がかかりそうで、気温もそれほど下がっていなかった。
馬の死体は、変わらず地面に横たわっている。
目を反らすようにして、十三番は周囲へ目を向けた。
神殿の廊下には、やはり人の影すら見えない。【世界】がいた部屋はどれだったか、と記憶をさかのぼっている途中で、空気が震えるのを肌で感じた。
「──?」
気のせいではないか、と疑ってしまうくらいの、微細な振動。
しかし、無視できないなにかを持っていた。数秒と経たずなくなった振動は、違和感となって十三番の意識にこびりついている。
遠くで大きな音でも鳴ったのだろうか。
その仮説をすぐさま否定したのは、十三番の中にある「他人の記憶」だ。
夜の神殿の景色が瞬く。
指に絡んだ金の髪を思い出す。
突如現れた白服たちの姿を幻視する。
「まさか……」
陶器が割れるような甲高い音が鳴り響き、十三番は【世界】の白髪を見た窓へ目を向ける。
ここからは異変を見極められない。だが、胸の奥から湧きあがる悪寒と、腕のない肩の鈍い痛みが、「気のせい」で済ませるのを拒絶している。