第七章
僕の名前を知る人間は、この世にたった一人だけだ。でも、その名を呼ばれれば僕が振り返るんだから、それは本当の名前になるんじゃないだろうか。それこそが、僕の本当の名前になるんじゃないだろうか。
日本中の人間が知っている名前だろうが、ヒトならざるモノが使う名前だろうが、関係はない。僕がその声に振り返らなければいいだけの話だ。
本当の名前を知るのが、一人の少女だけだったとしても、問題はない。僕がその声に振り返ればいいだけの話だ。
不安定な足場で立ち上がる。一昨日、いや、もっと前だったか?
……ともかく、第二ラウンドだ。ヘリを背に、夜の街、その上空を走る。海沿いのビルから、海岸線を添うように通る道路の街灯に着地。そばを通っていた人々が驚愕の声をあげる。ナイトダイバー。その名を呼んだ者もいた。
けれども僕は振り返らない。夜の海は真っ黒で、潜りこむにはぴったりな『影』になっている。街灯のてっぺんを軽く蹴り、海に飛び込み、そして次に瞼を上げるときには、
「おかえりなさい、■■くん」
オレンジ色の髪留めが目に入る。
ビタミンカラーの部屋で、澄んだ声が僕の名前を呼んだ。