第五章

 「ナイトダイバー」という名前は、あくまでも人の主観に立って彼を見たときの呼び名だ。「ナイト・ハンター」は、スメラギが呼んだものだ。彼にとっては──おそらくではあるが──気に入らないものだろう。

 そうだとすれば。彼を示す名前は、名称は、何になるのだろうか?

 彼が人間だったことを知ってしまったから、優菜は呼び止めることができない。たとえ考えすぎだったとしても、かつて呼ばれた名があるということだから。今の名は、偽りのものでしかないのだから。

 少女の逡巡に気付く様子もなく、ナイトダイバーはスメラギに一歩近づいた。光源のなくなった裏通りは暗い。隣の大きな道路を通る車のハイビームが、時折差しこんで倒れた街灯を照らしていく。

 ばっさりと髪を斬られたスメラギは、路地を斜めに塞ぐ街灯の向こう側で闇に紛れている。たまに差しこんだ光に照らされて見えるのは、怪しげに光を返す金の瞳と、歪められた唇。蛇の体が這う音が嫌によく聞こえるのは、ナイトダイバーとスメラギの間で会話が交わされていないからか。

「暴力的だな、ナイト・ハンター」

 スメラギが闇の中から言葉を放つ。

 親しみも慈しみも感じられない、冷たい口調に変質していた。感情の起伏もない、平坦な、体温のない声。冷たい蛇が素肌を這い上るような寒気を、聞く者に与える声だ。

 震え、跳ねそうな肩に力を入れて、

「当たり前だろう」

 足をもう一度踏み出して、ナイトダイバーが返す。

 自分に忌むべき名を与えたモノに向かって。自分を、■■■■という人間を、殺したモノに向かって。