第一章 無法都市の法

第一節 情報屋と殺人鬼


 その屋敷をオクルスが訪れるのは、およそ二ヶ月ぶりだった。

 頻度としては、高い方だ。

 物々しい鉄柵で囲まれた敷地と隣接する通りは、異様なまでに整っている。

 なにも落ちていない。ひびや弾痕の一つもない。

 アグローは都市として決して広くはないが、誰だってこの屋敷に好んで近づこうとはしない。鉄柵に接する道は、多少遠回りをしてでも避けられているのだった。

「気乗りしない相手?」

 閉ざされた門の前で立ち止まった時間が、あまりに長かったせいか。

 オクルスの隣に立つ少女が、平坦な声で問いかけた。

 立襟のシャツにカーディガン、ロングスカートというシンプルな装いだが、目元は装飾の施された赤い仮面で覆い隠している。小柄な背丈と黒い髪、わずかにうかがえる幼い顔立ちは、いまだ東洋の空気をまとっているようにも見えた。

 彼女が故郷の日本を出て、一ヶ月。

 鞘に秘められた刃物のような雰囲気は、この町に来てさらに鋭さを増している。

「会いたい、と思う相手ではないよ、レディ。神に触れるのを畏れるのと、同じようなものだ」

「そう」

「……本当に、わかっているのかね?」

「神のたとえはともかく、会いたいとは思わない相手なら」

「レディにそんな風に思われるなんて、不幸な人もいるものだ」

「オクルスだって、多くの人にとってできる限り会いたくない人間でしょう?」

 少女の放つ言葉の切れ味にも、慣れたころだった。

 思いのほか重くなってしまった息を吐きだしながら、オクルスはシルクハットを押さえて門扉へ近づく。踏み出すのに合わせて地面についたステッキが、大きな音をたてた。

 シルクハットに燕尾服の服装は、屋敷とその門扉には似合いのものだ。しかし、華美な装飾とターコイズブルーの色彩、少女と同様の目元を覆う仮面が、フォーマルな雰囲気を完璧に打ち壊している。

 いっそ異様とすら言えるオクルスの服装を、見咎める者も周囲にはいない。

 オクルスが柱につけられたシンプルな呼び鈴のボタンを押せば、ややあって遠くに動く気配があった。

 柵の向こう、芝生を挟んだ先にある屋敷の扉が開く。

 現れたのは尖った耳を持つスーツ姿の青年だ。それ以外に特徴らしい特徴を持たない青年は、芝生を横切って鉄柵状の門を開く。

「お待ちしておりました。オクルスさまと、松ヶ谷──」

「いえ」

 青年を遮り、否定したのはオクルスの隣に立つ少女だ。

「私のことはどうか、ハルと」

「……えぇ、承知しました。それでは、オクルスさま、ハルさま。こちらへ」

 平然と応え、青年は門扉を押さえて二人を招き入れる。

 敷地内に入り、屋敷へ近づくと、その異質さはさらに浮き立った。