序
六呂師は、それについて、誰も答えてくれないことを知っている。
つい、一昨日前の──当夜坂凜子の転入と第二学年新学期スタートから約一カ月が経った日の話である。
六呂師は、前日の夜更かしによる睡眠不足を解消するため、昼休みの三十分を利用して昼寝をしようと書道部の部室に向かっていた。六呂師は帰宅部なので思いっきり部外者なのだが、書道部の部室が畳の敷かれた和室だから昼寝には最適ということで何度かこっそり借りているのだった。
そのこっそりも最近バレてしまったのだが、それを暴いたのが書道部の顧問であり、そして同時に六呂師の事情に詳しい教師・水上咲良(みかみさくら)であったから、なんとか事なきを得ている(問題があるかどうかで言ったら、もちろんあるのだが)。
書道部の部室へ行くには、第一体育館の勝手口から一旦外に出るのが最短ルート。
睡眠時間を少しでも長く確保したい六呂師は迷わず最短ルートをチョイスした。
そして、見てしまった。
女子ひとりの力では開けるのも億劫な体育館の巨扉を、人ひとりがようやく通ることができるくらいの隙間が開くまで引っ張った直後のことだ。
血まみれの女の子が立っていた。
体育館の中心で。
周囲に横たわる数人の生徒の中心で。
遠目に見ても、そこにいるのが誰かはすぐに分かった。
ワンレングスボブの大人しそうな女子。そこにいるのが四月八日付けで転入してきた生徒────当夜坂凜子だと断定するのに時間はかからなかった。