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「ドッペルゲンガア」

 カップを傾け、コーヒーを一口。

「ドッペルはドイツ語で写しやコピー、二重という意味。ゲンガーも同じくドイツ語で、意味は歩く者。逐語訳すると二重の歩く者。ありていにいえば生き写し。ゲンガーとゲンガア……字面はすこーし違うが、まあ、そこは言葉遊び的なニュアンスが強い。ともかく、当夜坂凜子ちゃん。それはドッペルゲンガアでまず間違いないだろう」

 キッチンに寄り掛かりながら、水上咲良は静かにそう言った。

 ソファーの方を向いて。

 ソファーに座った私服姿の当夜坂凜子へ向けて。

 しかし凜子から反応はない。彼女は沈黙したまま手を握ってうつむくだけだった。代わりといってはなんだが、凜子の斜め隣りのソファーに座った六呂師が、神妙に口を開いた。

「ドッペル、ゲンガア……ですか」

 現在時刻十七時十二分。

 グラウンドで部活動に励む生徒たちの声が聞こえてくる時分。窓から見える空は、夕刻が迫っているらしい。少しだけ赤らんでいる。

 六呂師は、途中で遭遇した私服姿の当夜坂凜子を連れ、御所野高校管理棟二階・職員室横にある給湯室に戻ってきていた。

 これまた水上から、「連れて帰ってこい。絶対にだ」と指示されたので半ば強引に連れ帰り、今に至る。

 ちなみに六呂師の自転車はロードレーサーで、二人乗りはできないので、必然的にスーパーに置いてくる運びとなった。

 以下、回想。

 影がない。

 影がないのは、普通ではない。普通でないなら異常である。