第四章
思わず膝に手をついて息をするヴィオレに、前を走っていた男が体ごと振り向いた。
「ご迷惑をおかけしました!」
右手の五指をそろえ、人差し指の先を眉につける敬礼と共に、男はヴィオレへ謝罪した。つられるように、周囲の黒装備たちも敬礼。呆気にとられるヴィオレに対し、なお男は述べる。
「避難誘導の際、不手際がありこのような事態に陥ってしまいました。我々の行動が不安を煽り、一部市民が暴徒化した模様であります」
「ペスト出現の情報が、こちらが思ったより広まってしまったんだ。大方誰かが漏らしたんだろうが──ともかく、それであれだけ多くの人間が邪魔になった。申し訳ない。というようなことを言っている」
レゾンのフォローがあってもなお、ヴィオレの思考は混迷を極める。
下層と中層で、これほどの違いがあってもいいのだろうか。
下層において、ハイジアは実験対象であり戦略兵器である。人間扱いされないのは当然のことで、たった一人の例外を除けば下層はそういう常識で動いている。
では下層と中層で住んでいる人間が全く違うかと言えば、そんなことはない。そもそも下層には居住地と呼べるようなものがほとんど存在しないからだ。
ヒトは全て、中層か上層で産まれる。であれば、下層と中層でのハイジアへの対応の違いなど、本来あるはずもない。
「集まった市民は我々が責任を持って対処いたします」
「……あの」
半ば無意識に、ヴィオレは口を開いていた。同時にフードを下ろし、ハイジアの証である紫の髪と瞳を晒す。
「なんで私にそこまで?」
「ヴィオレ」