第四章
なにも思い出したくない。なにも考えたくない。その一心で走り続けたのに、立ち止まった瞬間には頭が余計な働きをしてしまう。
ヴィオレは研究所の屋上へ出て、転落防止用の柵を掴んだ。
振り返れば、浅間の中央を貫くエレベーターが確認できる。地下都市・浅間という巨大な円柱の中にある細い柱は、一本の中に二基のエレベーターを内包しているはずだった。
片方は、浅間の外へ直通するハイジア専用のもの。
もう一方は、各層を移動する人間と物資のためのものだ。
その景色は、浅間の外にも似ている。見張り台のある塔は、エレベーターを擁する柱と同じものだ。似ても似つかない青空もどきを無視すれば、ヴィオレが守ってきたものはこの柱だったようにも思えてくる。
三層に分かれた浅間の構造など、知識で理解していても想像はしにくい。実感の湧かないものより、分かっているものの方が守りやすいのは当然のことだ。
ヴィオレはいつも、浅間の塔を守ってきた。
本来の役割を果たせないなら、せめてそれだけでもしなければならないと思っていた。
そこまで考えて、ヴィオレは自嘲の笑みを浮かべた。視線を上げすぎて落ちかけたフードを押さえながら、下を向く。
「……本当に、バカみたい」
五年間浴び続けたため息はなんだったのだろう。
十年前、浅間の外から戻ってこなかった四人のハイジアはなんだったのだろう。
彼女たちの一人たりとも、ヴィオレは忘れたことはない。見張り台で保護され、レゾンの元で教育されたヴィオレを、当時活躍していたハイジアたちは妹のようにかわいがっていた。