第三章
私に腕がないのはどうしてだろう。
そう思ってから、レゾンはふと気づいた。今まで「腕が欲しい」と考えたことなど、ただの一度もなかったからだ。欲しいと言わなかったものを、どうしてヒトに作ってもらうことができるだろうか?
そもそも、人型の体を提案した開発者たちに、必要ないと断言したのは自分だ。
自分に必要なのは、考える頭だけ。動く体があったら、ひとりでなんでもできてしまう。そうしたら、ヒトの必要性を感じなくなってしまうかもしれない。
その主張は、ある意味で正しかったのだろう。けれど、ある意味では正しくなかった。
とうに、最下層部のマイクとスピーカーは電源を落としてある。ヴィオレを止めるために必要だったのは、合成音声でうまく喋る技術ではなく、一本のアームだ。それだって、念動力を操るハイジアを捕えることはできないだろう。
かといって、言葉でヴィオレを留められたかと言えば、それも不可能な気がした。最下層を去るヴィオレの背に、レゾンは謝罪の言葉を連ねることしかできなかった。他に最適な言葉を見つけられない。長きに渡り起動し続けている電脳が、機能を停止しているかのように単純な言葉ばかりを弾きだしてくる。
もう彼女を止めることはできない。代わりにレゾンは、浅間下層に取りつけた定点カメラを総動員して紫色のあとを追った。そんなことをしてどうするのだ、という問いが自らの中から沸き起こったが、やめることなどできそうにない。
重大なバグだった。
ヒトのために知識を絞るのが、人工知能・レゾンの役割である。