第二章
研究所らしく白を基調にした内装は、見るものに清潔感よりも潔癖な印象を与える。行きかう人々も多くは白衣をまとっていて、それ以外は濃紺のスーツを着ているのが大半を占める。前者はハイジアを管理し、後者はハイジアを運用する部類の人間だ。
素裸のハイジアを気に留める人間は、ここにはいない。故に衣服が用意されているはずもなく、代わりに無線機器などの備品やDNAサンプルを回収するための窓口が、エレベーターの隣に設置されている。
ヴィオレは地上から持ってきたものを全て窓口に差し出すと、裸のまま廊下を歩きだした。リノリウムの床が足裏に貼りつき、ぺたぺたと気の抜けた足音が鳴る。
角を二度も曲がれば、科学者たちの研究室が集まる区画へ出る。研究所の潔癖さはここでもいかんなく発揮され、無個性な扉の群れが廊下の両側に並んでいる。
左手側、数えて八番目の扉が、ヴィオレの目的地だ。
御堂、とだけ書かれたドアプレートを確認し、ノックしてから入室する。
「ヴィオレ、戻りました」
簡潔な言葉ののち、吸い込んだ空気には薬品の匂いの他にかすかなハーブの香りが混ざっていた。無機質な会話ばかりしていたヴィオレの緊張を解きほぐす香りは、浅間にいくつ研究室があろうともここ以外には存在しない。
部屋に入ってすぐに見えるのは、細胞の培養やDNAサンプルの解析を行う作業場だ。薬品棚やコンピューターなど、作業に必要なものが椅子に座ったまま手に届く範囲に収まっているものの、部屋の主である科学者の姿はそこにない。