序章 咆哮は拳と共に

 一閃。

 夜の森に稲妻のような閃光が走った。

 風切り音を纏った光の軌道は空を横切り、直後、斬撃音とおぼしき鋭い太刀音が響めくと同時に幾つもの大木が吹き飛んだ。

 豪快に切り飛ばされた木々は空中に投げ出され轟音を立てながら地に落ち、文字通りただの倒木へと姿を変える。

 なんとも理解しがたい光景である。

 周囲に散らばる倒木は、どれも樹幹直径一メートルは下らない成木だ。たとえ鍛え上げられた大剣クレイモアや、凶悪な鈍器であるモーニングスターを持ち出したとしても一撃で両断粉砕することなどできはしない。

 しかし、その樹木を切り飛ばしたのが人間ではないとすれば、人間ごときが扱う事を許されていない凶刃を振りかざす人外がこの所業を成し得ているとすれば。

 暗夜、月が雲から顔を出す。

 濃い藍色の中、はるか上空から落ちる月明かりに照らされ、ちらりと何かが煌めく。光を反射する二枚の黒刃は重厚。対を成すように対面した刃の間から伸びる鉄製の黒は細い棒のようで長大。

 バトルアックス。

 それが大木を切り飛ばした得物の正体だった。

 バトルアックスは広義で使われているが、通常、斧頭と柄を合わせた全長が一五〇センチ程度までの物の事を便宜的に指している。

 だが、夜の帳が落ちた森の中でヌラヌラと光る鉄の塊は、規定概念の全てを蔑ろにしていた。

 その全長は一五〇センチどころか、倍は悠に越えている。

 巨大すぎる。

 しかしそれを扱うのが黒い毛に覆われた人型の精霊だというから、存外ありえない話でもない。

「ならば、力づくでも契約して貰おうか。人間」