第三章 終末にはまだ早いと精霊魔術師は云う

 象徴。

 女神の力。

「力の象徴さえ奪えてしまえば、要らないんだよそんなガキは」

 男は笑う。

 笑う。

 傲慢に。

 ねちっこく。

 憎ったらしく。

 嫌味ったらしく。

「切り取った後は書き込めばいい! その象徴を、真っ白なキャンパスとも言える人間へ。無象徴の人間という生命体へ。女神の翼を動かすには魔力が要るが、その供給源を確保さえすれば運用は簡単だ。たとえば居なくなっても支障のない人間(街路児)なんかを使ってね!」

 男が発する声が、大気を叩いて振動させる。

 無茶苦茶な理屈だ、と聞いているリッキーは思った。それでも、背中から生えた翼は、大気を震わせるこの膂力は、どう考えても人間の領域に無い。

 明確に人間離れしていた。

 まぎれも無く、人外の力だった。

「……なんで、そこまで、出来んだよ……!」

 息も絶え絶えにリッキーは声を絞り出す。

 自分が力を使うために人間を生贄のように扱う事ができる心が理解できない。たとえそれが社会的に存在しない街路児と呼ばれる孤児であるとしても。

 そんなリッキーへ向けてカソックの男は言う。

「姓が無いというのは、一種の烙印のような物だとは思わないか? 私はそう思う。なぜなら私にはヒューゴーという名ひとつしかないからだ」

 それを聞いてリッキーは気付いた。

 この男も、かつては街路児だったのだと。

「捨てられた人間がどのような立場にあるか。君はなんの謂れもなく暴力のはけ口にされた事があるか? なんの関係もない犯罪の濡れ衣を着せられた事があるか? 死んだ街路児(仲間)の肉を喰った事が、あるか?」

「…………」