第二章 危殆はトラブルと共に


     9


 大爆発の直前に家屋から飛び出したカソックの男──王都からの使者ヒューゴーは、降り注ぐ雨を浴びながら燃え盛る建造物の様子を横目で窺う。

「ヘル」

 呼ばれた直後に黒い霧と共に裸体の妖女が姿を現す。

 雨が素肌に当たって弾け、艶めかしく光る。

 ヒューゴーはヘルに向けて命令する。

「掘り返して金髪の方の心臓だけ取っておけ」

「逆にあれだけ派手にやっておいて粉微塵になってないかしら?」

 ヘルが冗談っぽく返すとヒューゴーは笑った。

「私が無事なんだ。銀髪の方は知らんが、残っていなければ困る」

「貴方は防ぐ方法を知っているから無事なんだけどね」

 ヒューゴーは自身で起こした爆発で負傷を受けるような、そんな間抜けな真似はしない。

 女神としての覚醒状態に入ったティアが翼の力で衝撃を防いだように、ヒューゴーもまた精霊魔術である黒霧で衝撃を相殺していた。

「精霊魔術師で良かったよ」

 そう言葉を洩らして踵を返し、その場から立ち去るヒューゴー。

 右手には黒い霧を纏い、そして左手には防御に魔力を割いた事により再び意識を失った大翼の幼女を抱えて。

「それでは頼んだぞ。ヘル」

 足元に散らばる純白の羽根が、泥で濁った水たまりに沈んだ。