第一章 トラブルは横暴幼女と共に

 要するに地面とくっついた状態なのだから、例え力自慢の荒くれが踏ん張ったところでどうこうできる物でもない。ましてや細身の青年が気張ったところで、

「ぅおらあああああああああああああアアアアアア!!」

 響き渡るリッキーの絶叫。

 家屋がバキンゴキンと嫌な音を立てながら地面から離れ、あろうことか重量単位トン越えのそれが持ち上げられた。

 開いた口が塞がらず、膝が笑って動けない惣菜屋の店主は思い出す。

 アザリアで囁かれる都市伝説、『金と銀が揃ったら迷わず逃げろ。さもなくばアザリアの石畳と共に無に帰すだろう』という、伝承染みた大げさな言葉を。

 リッキーとイアン。この二人が街を破壊する一対の悪鬼なのではないだろうか。しかし、気付いた時にはもう遅い。

 リッキーの手によって持ち上げられた家屋が軋みをあげ、次の瞬間、叫び声と共に投じられた。

 落雷が炸裂したかのような凄まじい轟音が鳴り響き、近くにいた通行人から悲鳴が上がる。

 大通りの一角で巻き起こったその悲鳴は瞬く間に往来を駆け巡って伝染し、誰かが張り上げた「殺される」という声によって、ついに爆発した。

 逃げ惑う人々。悲鳴が悲鳴を呼び、人の奔流が渦を巻く。

 しかし渦中の二人は止まるはずもなく、止まる術もなく。

 空振りしたリッキーの拳が地面に突き刺さり、小規模な地震が巻き起こる。

 ぐらりと揺れる地面。必殺の一撃を寸でのところで躱したイアンの体がバランスを失う。これを見たリッキーの顔がにんまり綻んだ。