第一章 虚無に満ちる人造秩序

 義景はすぐさま後ろを振り向いて自分に言い聞かせる。当てられなかった事にいちいち驚くな。これは実戦から離れて工房に引き籠っていたツケ。鈍らだろうと何だろうと拳を振るえ、それが守るために必要な行動だ。

 再び振り抜いた拳が快音を響かせる。

 しかし、当たってはいない。義景の拳はローブの人物の小さな掌に受け止められていた。

「そこまでしてそいつを守りたいかい?」

 ローブの人物の言葉に義景は応答しない。

 その無言を肯定ととらえたローブの人物は続けて問う。

「では、それは何故だ?」

 なぜ。

 自分は早姫を守りたいのか。

 生まれる空白。義景はそこでようやく少しだけ冷静になった。

 早姫を守る理由は、死なせたくないからという一点に尽きる。そしてその芽生えは、リプロダクション・シミュレーターの中で聞いた早姫の言葉にある。

 一秒でも永く生き延びたいだけ。

 早姫は付けたばかりの義足への慣れを早め、戦える状態を整えようとした。そうすることで戦闘になったとしても生存できる可能性を高めるために。

 だが考えてみれば、それは効率が悪い。

 生き延びるために手っ取り早いのは戦闘をしない事。戦いを躱し続けることで危機に直面する回数を減らす事だ。

 そうやって冷えた頭で考えていくと、引っかかる事が他にもある。

 一秒でも永く生き延びたという意思があるのなら、戦闘中であれログアウトをして現実世界に戻ればいいだけの話だし、デュランダル・オンラインは仮にHPがゼロになってしまったとしても、一定時間のペナルティー後には再び復帰できる。