第一章 虚無に満ちる人造秩序


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   フェーズオールクリア_
   おつかれさまでした_


 温度の無い機械音声のあと、足元の悪い岩場が消えて白い部屋に戻る。

 同時、終了の通達が耳に届き、気が抜けて床に倒れ込む早姫。手足を投げ出し、天井を仰いで乱れた息を整える。

 肺が酸素を欲している。酸欠状態で脳が上手く働かない。白い天井にちかちかとした光が瞬いて見える。

 そして心臓は、胸を何度も叩く。

「生き、残った……!」

 ゲームの世界であるのに身体中に響く心音はとても現実的で、力強い。

 早姫は両腕をゆっくり持ち上げて合掌し、息も絶え絶えに呟く。

「ありがとう、ございました」

 感謝の言葉は自身の腕へ、そして脚へ向けてのもの。

 生き延びるための力を貸してくれた事に対する奉謝。

 たとえその対象が生身の腕だろうと鉄の脚だろうと、早姫が捧げる所作に差別はない。

 はらり、と。

 早姫の言葉に応えるように、四肢に纏ったスリーブと腰から下げた刀が塵になって舞い上がる。風もないのに揺らめいて踊る黒い塵は花びらのようで、さながら、桜が散りゆく様を上下逆さまにしたかのような幻想的な眺めだった。

 黒の残滓が消えるのを見届けると上がっていた息もすっかり落ち着いていて、早姫は床から背中を剥がして起き上がる。

 すると、リプロダクション・シミュレーターの制御室から降りてきた義景の姿が丁度目に入った。

「おつかれさま」

 言いながらゆっくり歩み寄って来る義景に、早姫は手を挙げて応える。

 義景は続けて問う。

「どう? 脚の調子は」