第一章 虚無に満ちる人造秩序

 迫る白刃。斬撃を受けるには抜刀が間に合わない。縦軌道のそれを回避するにも中途半端にしかも正面方向に右脚を踏み込んでいるせいで横に動けない。だがそれでも、活路は中途半端に踏み込んだ右脚にある。早姫は右膝をくの字に深く曲げ鉄の左でアスファルトを蹴り、体重のほとんどを身体の右側に移動させ一気に上半身を右に捻った。その動きに従って薙がれた紐付きの刀が模擬戦闘兵の手を捉え、白い刃を弾き飛ばす。早姫はそのまま上半身の回転を殺すことなく跳躍し、今度は下半身を同方向に旋回させ遠心力の乗った左を白の側頭部へ叩き込んだ。鏡面のような仮面がひび割れてひしゃげる。サイバースーツを纏った身体が宙に浮く。そして早姫は叩き込んだ脚を更に振り抜いて模擬戦闘兵をコンクリートに叩き付けた。

 鈍い衝撃音。叩き付けられた反動で模擬戦闘兵の身体が一度大きく弾んでから地面にへばり付く。

 遅れて着地した早姫は、左脚で足元をにじりながら胸中で呟く。

 ──思ったより動く。

 生身の感覚で振り抜いたせいで蹴撃のポイントにズレは生じたが、金属自体の強度と重みで破壊力が増している。これで鉄の感覚に慣れることができたとしたら、生身の脚以上の性能が期待できるのは間違いなかった。

 しかし一朝一夕にはいかない。鉄の左には接触感覚がないのだ。ともすれば、それを埋めるだけの何かを掴む他、鉄脚を使いこなす方法はない。

「次、お願い」

 淡白に告げる早姫の表情は、しかしどこか楽しげだった。

 自分の物ではない左脚を理解しようとしている現状。この手探り感が早姫の探究心を刺激していた。