第一章 虚無に満ちる人造秩序
それに応じて義景が何か操作したらしい。
白い部屋が四隅から変化を始める。
人工的だった床は一瞬映像が揺らいでからコンクリートにすり替わり、今の今までなにも感じることのなかった部屋の空気から排気ガスのような臭いが時折漂うと同時、車の通過音まで聞こえてくる。次いで、五メートルほどの距離を置いた位置に、アスファルトからするりと抜け出すように模擬戦闘兵が出現した。
顔に付いた仮面は鏡面のようにつるりとしていて身体は白のサイバースーツで固められており、右手にはスーツと同色の白い刃が握られていた。
人型を成しているのに対峙しても相手から何も感じない。早姫は正面にいる模擬戦闘兵を見て、そう思った。
生身の人間が発する殺気や焦燥感がない。顔がないから目線が読めない。
それでも、だからこそ、
──人でないなら、思いっ切りやれる。
早姫の口角が僅かに上がる。
心拍数が上昇。しかし腹の底に漂う冷たい感覚。
闘いの前に訪れる、腹の底が震えるようなこの感覚が早姫は好きだった。そして同じくらい陰鬱で、嫌いでもあった。
そうやって臓物に漂う冷たさを感じていると、夜空に変化した天井から機械音声が流れた。
秒読みを開始したらしい。抑揚のない声で読み上げられる数字はゆっくりと落ちていき、そして、
フェーズ1_
闘争開始_
アナウンスが終わった直後、甲高い電子音が鳴り響き、それと同時に模擬戦闘兵が早姫に飛び掛かった。
反応できない速度ではなかった。しかし、左脚に走る違和感が早姫の挙動全体の速度を低下させ、気付いた時には刃を振り抜かれていた。