第5章
男にとって入り慣れた、取締役が使っている個人オフィスの扉の戸を叩く。
「失礼します」
肌が青白い、しばらく太陽浴びてないような男が入室する。
男が入るとすぐに取締役が使っているデスクとその向こう側で、窓から外を眺めている取締役が男の目に入る。
「涼くん来るの早かったね、要件だけどね、脱走した実験者達だけど本格的に小林ちゃんに任せることになったから」
「待ってください!! バグの処理は俺の仕事なはずです。なんであいつなんかに!?」
取締役に掴みかかる勢いでデスクに近づくが、涼は部屋の主に睨まれ身体が硬直する。
「涼くん、知らないのかな? 小林ちゃんはエージェントに選ばれたから君ごときがあいつ呼ばわりはダメだよ?」
にっこりと微笑まれながら告げられた事実に涼の顔は病的に青くなる。
「話は終わりだよ、今、涼くんが勝手にやってる作業はやめて次の指示までゆっくり待ってて?」
優しい口調とは裏腹に手をはらい、さっさと退出するように促す。
この歪んだ会社ではやることを取り上げられた人間は、存在を否定されたのと同義である。社員達はそう調教されている。
暗い部屋にパソコンのディスプレイが放つ光だけが目立つ。
「俺は間違ってない。バグはすぐに対処しないとダメなんだ。あいつのミスだ。そうだ、あいつのミスを俺がわざわざ解決してやるんだ。見つけた、居た。俺が正しいのがわかる。俺が正しい、俺が正しい、俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい俺が正しい」
取締役は自身のディスプレイに映る、涼の行動をにこやかに見つめていた。