晴れのち雨:1

   シティギルド〈レイニー・デイ〉限定コード・リファレンスを発令します_
   詳細は、二十時よりギルドメンバーの端末へと送信されます_


   *


「……まじでか」

 携帯端末からの電子音声に、笠原大輔(かさはら だいすけ)はぽつりと声を漏らした。

 フード付きの黒いロングコートに似合わないラフな口調で。これまたコートに似合わない、ビニール傘を二本左腕にぶらさげて。

 少しだけ困惑の表情を浮かべながら、大輔は頬をかいた。見下ろした携帯端末に浮かぶ文字は、何度まばたきしても変わりはしない。

 ビルの立ち並ぶ大都市のど真ん中。ごちゃごちゃと入り乱れる人混みの中で大輔はしばらく立ち尽くしていたが、左右を通り過ぎていくプレイヤーの数に気付いて道路の端へと移動する。

 そして再び、視線を携帯端末へ。

 前代未聞の文言を、もう一度読み返す。

 シティギルド〈レイニー・デイ〉限定コード・リファレンス。

 こんなものは、おそらく全プレイヤー中で最も長く〈レイニー・デイ〉に所属している大輔でも見たことはなかった。

 〈レイニー・デイ〉は、初心者向けのシティギルド──いわば、チュートリアル用のギルドだ。加入方法、特殊武器使用許可などの所属特典、ギルド内ランキングの詳細、一部の町に存在するシティギルドとプレイヤーたちが自分でたちあげるプレイヤーギルドの違いなどなど、「ギルドに関わる基本的なことを分かりやすく伝えるためだけのギルド」だったはずなのだが。

──シティギルド限定コード・リファレンスもチュートリアルに組み込まれたのか?

 黙考してみるも答えは出ない。

 単なる仕様変更か、と最も簡単な答えで自分を納得させてから、大輔はまた別の方向へと思考を切り替える。

「……行くか行かないか、だなぁ」

 前述した通り、〈レイニー・デイ〉は初心者向けのギルドだ。となれば、ギルド限定のコード・リファレンスも相応の難易度になるに違いない。

 ゲーム内序列一万九千二十五位の大輔が行ったとしても、そこで何かを得られるのかと言えば、決して首を縦には振れないだろう。

 加えて、初心者プレイヤーたちの経験の場も削られる可能性が高い。

「無視かなー、気になるけどなー」

 考えている間にも、刻々と時は進む。

 携帯端末の時計が二十時を示すと同時、画面にメール受信のインフォメーションが。

 しばらく黙って画面を見つめていた大輔だが、好奇心には敵わなかったらしい。

──内容見てから参加するか決めよう。そうしよう。

──いやほら、つまらない内容だったりするかもしれないし。

──超ヌルゲーだったりするかもしれないし!

 メールを開き、添付されていたイベントデータをインストール。

 通常のそれよりも速く伸びていくインジケータバーを眺めながら、大輔は期待を隠せなかった。

 初めてのシティギルド限定コード・リファレンスだ。

 どんな内容であっても、〈レイニー・デイ〉の拠点がある都市・雨津(あまづ)に顔を出すことは決めていた。

 インジケータバーが青く染まる。

 イベントデータを開けば、二枚の画像が端末のディスプレイに展開された。

 一枚は、雨津限定エネミーのモノノケだろう。通常は両生類の姿をとることが多いモノノケだが、新種らしいそれは巨大な獣型をしていた。学校の校庭で遠吠えをしているような姿をおさめた写真には、レンズ部分を伝う雨粒まで描かれている。

 もう一枚には──大輔も見慣れた一人の幼女が映っていた。

 ショートボブにした髪をレース付きのカチューシャで留め、ワンピースのポケットには飴玉が溢れている。両手で持った網カゴには、色とりどりのマカロンが。

 予想外の画像に目を見開いた大輔を余所に、携帯端末がイベント詳細を読みあげる。


『コード・リファレンス。〈レイニー・デイ〉本部にモノノケが襲撃。アイテムショップNPC・天降甘乃(あめふり あまの)が新型モノノケによって奪取されました。〈レイニー・デイ〉構成員は至急、雨津へ集結してください。報酬・『不滅の欠片』。時間制限・三時間。成功条件・新型モノノケの撃破とアイテムショップNPCの回収』


 アナウンスを半ば聞き流し、大輔はフードをかぶって雨津への移動ポータルに走っていた。