第一章 日常茶飯/街の風景A
ピンクネオンの少々危ないNICE☆GUYという店には、運悪くテンチョーに目を付けられた一人の少女がいたという事を。俗にいうゲイ・バーに勤務(強制)するたった一人の少女の存在を。
「よう。アキラ」
片手を挙げてマ王は少女に呼び掛ける。
その声に頭を垂らしていた少女は視線を持ち上げ、次いで視界に捉えたマ王の姿を認識したと同時に一瞬フリーズ。そしてすぐさま動きを取り戻し、口の端をひくつかせながら、わざとらしいくらいの作り笑いで応える。
「ま、マ王。来てたんだ。早かったね」
振り返す手のひらが手首で折れてへにゃりと力なく落ちる。
この独眼竜メイド少女、伊月アキラ(いつきあきら)もまた、マ王の友人だった。
「ああ。テンチョーに呼ばれてな。まだ出てこれ……なさそうだな」
アキラの後方。
僅かに開いた鉄扉の隙間から、尋常ではない音量の声と斬撃音にも似た鋭いそれが飛んでくる。
「う、うん。だから私が代わりにって訳なんだ」
「そうか。……で、どうした? 何かヤバい事でもやらかしたのか? 言っとくが、テメエ等の尻拭いだったら何が何でも断らせて貰うぞ」
ほんの少しだけ冗談混じりでマ王は言う。実は半分本気だったりする。
そんなマ王の内心を知ってか知らずか、アキラは一拍置いてからゆっくりと言葉を放った。
「うん。それが……マ王の名前に関する情報を保管してたUSBメモリが盗まれた」
「………………………………………………………………………………………………は?」
茫然自失。
アキラの後方は、やはり騒がしいままだった。