糸!

「ぐっ偶然だね、運命の……赤い糸って信じる?」

 例えばこのセリフを幼馴染みやクラスのマドンナに言われたとしたら俺は、格好をつけながら「お前とならな」とかいう自信がある。だが目の前のこいつは別だ。

「うっせー ストーカー!! 個室トイレの中で待ち伏せってどんな神経してんだてめぇええ!」

 ついこないだ、三ヶ月くらい前、牧場で牛の乳搾り体験をしてから俺はこの、牛女に追いかけ回されている。

 牛頭とかいうこの化けもんは、扉さえあればいろんなとこに移動出来るらしく、コンビニに寄ってトイレを借りたらこのザマである。

「私たちはきっと離れられない運命なの!!」

「とりあえず出ろ! 俺は用をたす!」



 とりあえず、パンを買って店を出る。牛頭は、さも当然かのように外に出たら隣を歩く。すれ違う人が牛頭を見てビックリしている。当たり前だ、頭が牛で身体が人間の生物が頬を紅く染ながら歩いていたら二度見じゃすまない。

「ストーカーならストーカーらしく、後ろ歩け、道行く人の視線が痛いんだよ!!」

「俺の後ろを三歩下がってついてこいってこと? いやーん男らしい〜」
 
 しばらく歩いたがどうもすれ違う人の視線が更に痛い。嫌々、立ち止まり振り返って見ることにした。……俺の、嫌、牛頭の後ろは大きな水溜まりが出来ている。牛頭のヨダレである。

「ん? そんなに見つめてどうしたの? 恋い?」

「ちげーよ 口から滴り落ちてるもんなんとかしろや!」

「ごめんなさい あなたの後ろ姿に欲情しちゃって」

 てへっとタンをだす牛頭に、怒りと喰われるという恐怖しか抱かないのは間違ってないはずだ。



 とりあえず牛頭とは、『死んだら付き合う』と約束して地獄に帰ってもらったが、後日、扉を開ける度に首元を槍がかすめ。

「ちっ」

 と言う舌打ちならぬタン打ちに悩まされる日々が死ぬまで続いた。