偽りの勇者

「暗殺かね」

 背後から声をかけられた。

 そう理解した瞬間に、俺は何も考えずに剣を抜いて、振り向きざまに切り払っていた。

 後悔の念が湧きあがったのは、刃に十分な勢いが乗ったあとのことだ。話しかけてきた声が、口調こそ老人じみていたものの、まだ幼い子供のそれだったのだ。

 分かったところで、止める術などない。刃が届かないほどの低い身長であるように、祈ることしかできはしない。

 不幸中の幸いか、剣を振り切っても手ごたえはなかった。息をつくのもつかの間、背後を確かめた俺は、抜刀の瞬間よりも強い緊張に襲われることになる。

 刃の上に、少女が立っている。重みなど一切感じられない。まるで、英雄譚の場面をそのまま切り取ったかのような構図だった。──その場合、俺の立ち位置は、特に詳しく取りあげられることもない噛ませ犬のものなのだが。

「よいウデじゃ。迷いもない。どんな剣でもナマクラにしてしまうようなやつよりも、よほど名剣を持たせてみたいのう」

 のんびりと、少女が語る。

 その割には、狙いすましたかのように、俺の意識を突いてくる言葉の群れだった。

 少女が言った通り、俺は要人を殺すために狭苦しい裏路地を通っている。今日は侵略国を完全に退けた祝勝パレードとやらが催されていて、町中がバカみたいなお祭り騒ぎに満ちあふれている。勇者様バンザイ、の言葉を、何度耳にしたか分からないくらいだ。

 けれどもその勝利も祝われるべきものではなくて、いっそ鼻で笑ってしまってもいいような、どこかの誰かの手を借りた──少なくとも勇者モドキひとりで得ることなどできそうにない勝利だった。

 剣を振る姿は構えからして最悪だし、従えているという竜も本人に懐いているというよりは誰かの命令で従っているという印象。任された軍隊の指揮だってむちゃくちゃで、脇にいた側近がそれとなく軌道修正してなければ、こちら側は全滅してた可能性もある。

 どんな剣でもナマクラにする。なるほど、その形容はやつにピッタリだ。

 そのヘタレが今日、王女と婚姻するわ軍のトップに収まるわで、この国が終わりかけているのだが。

「さて、ではぬしよ。なぜ気づいた?」

 少女の言葉に、俺は思わず息をのんだ。

 なぜ気づいた?

 その問いは、まるで的外れだ。だが同時に、的を得ている。

 俺がずっと、周りの人間に真逆の疑問を抱き続けてきたからだ。

 ──なぜこいつらは、勇者の無能さに気づかない?

 魔女に幻惑されているわけでもあるまいし、と続いた嘲りは、今この場においてにわかに現実味をおびて俺の前に現れている。

 この少女が、そうなのではないか。

 勇者が勇者たるように見せかけていた魔女は確かに実在していて、何かの理由で俺はその術中にはまらなかったのではないか。

 少女は剣の上に立ったままこちらを見下ろしてくる。

 くてり、と脱力したように首を傾げる様子は、普通の子供のように見えた。同時に、全てを見通しているかのような笑みは、年老いた老女のようにも思える。

 加えて、振り切った剣の上に立つという離れ業を見てしまえば、なるほど、魔女と疑うに十分な理由はそろっている。

 そんな俺の心中を悟っているのかいないのか、少女は小さな唇でさきほどの問いの補足を紡ぎだした。

「わしはのう、きちんと道筋を立てたのじゃ。どんなにセンスのない男でも、一国の勇者になれるように、地道にコソコソ誘導していたのじゃよ。段階を踏んで試練を与え、頃合いをみて取り巻きを作り、激闘と見せかけた茶番の末に名剣を与えた。群集心理、というものも使ってなんとかごまかして軍の指揮なんかもとらせてみたのじゃが……もしかすると、ぬし、周りに流されないタイプかね?」

「……あんた、何者だ?」

 問いに問いで返すと、少女は満足げな笑みを浮かべた。

 遠回しに話を進めようとするやつには、その真核を突く疑問を投げかければいい。腕っぷしにしか自信のない俺が、頭のきれる連中と付き合うときに知った一種の心得だ。

「歴史を作るもの、とでも言っておこうかのう」

 肩をすくめ、悪ふざけのように、少女は言う。

「歴史を作るものを導くもの、でもいいがのう」

「勇者を仕立てあげて、歴史に名を残させる……てか?」

 言いながら、俺は背中が震えるのを感じていた。

 寒気はない。恐怖などもない。

 あるのはただ、ついに掴みとったという確信だけだ。

「いいのう。ぬし、気に入ったぞ。……歴史に名を残したいと、望むかね?」

 俺を高みに導く手を。

 それがたとえ、得体のしれない魔女の手だとしても、ためらう理由にはなりえなかった。