復讐の弾丸

 豪奢な家具の並ぶ応接間に、三本の赤い糸が張られていた。

 外壁の内側にあたる壁の細い風穴から、対面の壁に空いた小さな穴まで。応接間としての体裁や使い勝手を無視して通された糸は、その実、現場としての空間には最高の役割を果たしていた。

 応接間で歓談していた三人の男を貫いた、三発の弾丸の通り道を示すものとして。

「壁ぶち抜いて、この精度か」

 呆れとも疲れともとれるため息をついて、男は数歩離れたところから三本の糸を眺めていた。

 最近気になりだした腹をさすり、部屋の隅にたたずむ男の名はハイデン・ファラデー。コルーヌ市警に所属する、この応接間で発生した殺人事件の担当刑事である。

 事件捜査のため、と称して現場に足を運んだものの、ハイデンの思考はさして回ってはいない。

 見ただけで理解できる。通常の銃ならば不可能な犯行だ。

 凄まじい速度で射出されるとはいえ、たかだか直径九ミリの金属塊は人体を貫通しただけでも軌道を変える。鉄筋とコンクリートを中心に構成される壁を貫くのに必要なのは、速度ではなく火薬量だ。壁ごと壊すのが前提となってしまうが。

 しかし、実際に普通拳銃に込められる程度の弾丸が、外壁を貫通している。爆発によって大穴を空けることもなく──

「また、ですかね」

 確認のようなニュアンスの声に、ハイデンは部屋の入り口へ振り返った。

 開け放たれた扉の前に立っていたのは、冴えない眼鏡をかけた青年だった。律儀に事件関連の書類を持ってきているあたり新人のような雰囲気さえ漂わせているが、すでに五年、殺人課に所属している。

 初心を忘れないのもほどほどにしろ、という苦言を飲み込む。

 初心を忘れない真面目な人間こそ、何かと不真面目な自分の周りに必要な人材だということは、ハイデン自身も理解しているからだ。

「どーせ、俺らが追いかけてるトンデモスナイパーと同一、って証拠が出てるんだろ?」

 苦言の代わりに問いを投げれば、眼鏡の青年は手にした紙をめくり、報告書の概要を読みあげる。この行動も、ハイデンがろくに書類に目を通さないことを理解した青年が自然と行うようになったことだった。

「発見された弾丸は、三つとも以前の事件のものと一致しました。それぞれの弾丸の入射角から、発砲地点は敷地外……生垣の向こう側から撃ったことになります」

「で、発砲地点周囲は?」

「特に何も出てませんね。足跡も遺留品も」

「ったく! 警察入って都市伝説みたいなヤローのケツを追いかけなきゃいけねぇなんてな」

「固定観念は持っちゃダメですよ、ハイデンさん。もしかしたら女性かもしれませんよ」

「関係ねぇな。ますますおっかねぇ」

 おおげさに体を震わせ、ハイデンは肩をすくめた。

 生垣、外壁を無視した狙撃をやってのけた今回の件だけでも恐ろしいというのに、証拠から同一人物と思われるものの犯行によって既に一五人が命を落としている。

 犯行に使用された弾丸が、壁の中であろうと遺体の中であろうと潰れていない状態で発見されるという、異様や異常を通り過ぎた共通点まで伴って。

「銃の検索は引き続きかけてるんだよな?」

「見つかりませんね。ライフリングは完全に残ってるんで探しやすいはずなんですけど……登録自体、されてない可能性もありますし」

「地味に足で探すか……」

 嫌な顔をするハイデンに対し、その部下は慌てて手にした書類をあさり始めた。

 やがて、クリップでとめられたいやに分厚い一束を発見して、ハイデンに差し出す。その顔に浮かんでいるのは、続く言葉に似合わない清々しい笑顔だった。

「連続殺人だと関係ないかもしれませんが、今までの被害者一五人分、周辺人物を探しなおしておきました! まずは、今回の三人から行ってみましょうか?」