コタツでアイスはテッパンだ。

「被告人。そのアイスは誰のものだ」

「食ったからオレのものになった」

「食う前は誰のものだった」

「ふっ……あいにく、過去は振り返らない主義でな」

「んなこと言ってもカッコよくねぇからな! 他人の名前書いてあるアイスのゴミ前にしてそんなこと言ってもカッコよくはねぇからな!!」

 雪の降りしきる冬の日のことだった。

 備え付けの洋風家具の中、異彩を放つ純和風家具「コタツ」に足をつっこみ、向かい合って座る少年二人の間には妙に険悪な雰囲気がただよっているようで、実際にはいつも通りのやりとりだった。

 二人の間、コタツの天板に載せられたのは、掌サイズのアイスのカップ。

 もちろん中身はなく、フタには黒マジックで書いたと思しき「カネミツ」の文字が。

 何食わぬ顔でステンレスのスプーンをくわえている少年・オキツグは、

「そもそもカネミツにハーゲンダッツなんて似合わないだろ」

 完璧に開き直っていた。反省の色は微塵もない。

 確かに、室内であっても首にさげたイヤーマフ──射撃時に銃声から耳を守るための耳当てを外さないカネミツに、高級が売りのアイスは似合わないかもしれない。髪の毛も安っぽい茶色に染められ、眉毛の黒が目立っているのも考え物だ。

 しかし、オキツグ自身もハーゲンダッツが似合う見た目とは言えなかった。肩まで届きそうな黒髪の隙間から、右目を覆う白い包帯が見える。怪我をした、などという理由からではなく、一部中学生が意味もなく手首に包帯を巻いてしまうのと同じ症状である。

 ようは、

「お前みたいな厨二病こじらせたヤツに言われたくはねぇなぁ!」

「ふん、オレの右目に秘められし大いなる力を見ていないからそんなことが言える。無知であることは幸福だな」

「そういう割にはその包帯しょっちゅう外してるよな!」

 ただの厨二病患者だった。

 アイスを失い、さらに普段から厨二的発言に頭を抱えているカネミツは、ことオキツグを被告人にした場合、一番の被害者と言えた。

 しかも、異国ロシアでの寮生活で同部屋、唯一の日本出身者同士ということで、見事に逃げ場がない。

 救いといったら、二人の趣味が妙に合っているというところだろうか。

「しかし、クッキー&クリームとはいい選択をしたな」

「お前のための選択じゃねぇんだよチクショー!」

 ……救いにはならないのかもしれない。

「そもそもだな! このコタツだって俺のものであって!」

「一人でコタツは寂しいだろ?」

「ヤロウと二人でコタツも十分寂しいわ!」

 アイスまで食べられていては無理もなかった。

 諦めの表情を浮かべて脱力するカネミツに対し、いまだスプーンをくわえたまま離さないオキツグは腕を組んで胸を張っている。

 それだけならまだしも、

「そんなヘコむなって。今度日本まで『ひとっ走り』行って来たらガリガリ君ソーダ買ってくるっつーの」

 フォローにもならない言葉を投げられれば、カネミツがキレるのも仕方のないことだった。

 イヤーマフを乗せた肩が揺れる。喉の奥から押し殺された乾いた笑みが漏れる。

「ハーゲンダッツの代わりって言うんだったら……」

 言いながら、カネミツはコタツのふちを掴み──アイスの残骸には目も向けず──天板の裏側がオキツグへ向くように横倒しにした。

 なんの変哲もないローテーブルに布団をかけ、天板を乗せただけの簡易コタツの内部が露わになる。天板内側に、暖房用のヒーターなどは付属していない。

 ただ、子供がイタズラで貼ったと思われても仕方のないような松明のステッカーが貼られていて、それがローテーブルをコタツにする仕掛けとなっていた。

「カントリーマアムのアイスくらいは買ってこいっつーの!!」

 カネミツの叫びと同時、ローテーブルから巨大な火球が飛び出した。

 ──ここは、世界最大の領地を有するロシア。その広いタイガ地帯の地下にある、魔法学園都市・ワシリーサの学生寮だ。

 有機物、無機物を問わず、全ての物質から放たれるエネルギー・魔力を使い、魔法を発動させる術を習得する学び舎。そこに通う学生の中でも、カネミツの扱う術式は火の精密なコントロールに優れている。

 発射された火球を辛うじて避け、オキツグは転がるように部屋の出口──窓へと向かう。

「コタツを武器として使用するとは……恐ろしいやつだ」

「お前の罪悪感ゼロな神経の図太さの方が恐ろしいわ!」

 会話の合間に放たれた追撃はしゃがんで避ける。

 一撃目、二撃目と、犠牲になったのは寮備え付けの家具だが、気にしている場合ではない。コタツのために土足厳禁となったラグの上から飛び出してブーツに足を突っ込み、オキツグは部屋の隅に駐輪した黄緑色の自転車──ライム・フィルバードに手をかけた。

 カネミツの術式に火が多く使われるのに対し、オキツグはよく風の術式を使う。

 ライム・フィルバードのボディ部分には、風の象徴たる剣と翼が描かれていた。

「逃げる気か!」

「ふ──オレとライム・フィルバードの道を塞ぐものは何もない! そう、風すらも!」

 オキツグが高らかに言うと同時、風が彼の障壁──ベランダに出るガラス戸を開放した。

 冷え切った外気にカネミツがひるんでいる隙に、オキツグは外へ。地上二十七階の高さから、自転車にまたがった状態で飛び降りた。

 解き放たれた右目の包帯が、尾を引いて流れていく。

「今回ぐらいはその厨二発言控えろっつーのこの野郎!」

「ライム・フィルバード、システム・シフト! レボリューション・ゴッド・インフニティ! オレとライム・フィルバードの最速を目にとめてみせろ!」

「聞けぇえええええええええええええええええええええええ!!」

 アイスの恨みによって始まった戦いは、地下都市全体を舞台にして幕を開けてしまった。



 のちに二人が始末書を書くはめになったことは言うまでもない。