お祭りに行こう。

「ちょっとツラ貸せ」

 物を焦がすどころか溶かしそうな日差しの下をわざわざやってきてくださったお客人は、こっちが玄関を開けた瞬間に死刑宣告を仰った。

「……いや、あの、勘弁してください」

「は?」

 だが断る、とか言ったら殴られそうなので、それなりに丁重にお断りしたのだが、答えはかなり素っ気ない。

 客人様であり幼なじみでもある女帝様の背後から差し込む後光という名の太陽光で、俺の眼球は今にも蒸発しそうなのだが。

「えーとですねー」

「は?」

「あの」

「黙ってツラ貸せ」

「理不尽じゃねえのそれぇ!」

 俺としては必死の叫びではあるが、それも届かず。

「ちょっとは外に出ろよ、この引きこもりが。硫酸漬けにするぞ」

「物理的に溶かそうとしている!?」

「ハ、日光で溶けるとか思ってたんだろ? お前にそんな吸血鬼的ステキ設定あると思ったら大間違いだバカ。勘違いすんなアホ」

「酷い言われ方だけど否定ができない!!」

 いやそんなことより。

 俺がすごい勢いで侮辱されるより重要なことがある。

「ところで……ドア、閉めていい?」

 部屋の中に満たされた冷気はできる限り外に出したくない……!

 扉を開いた瞬間に一歩踏み込んできた客人のおかげで、玄関を開けっ放しにせざるを得ないのが現在の状況。エアコン様の努力が一部無駄になってしまっている。

 あぁ、エアコン様。申し訳ありません、俺の力がないばっかりに。

「アンタと密室で二人きりとか耐えられない」

「いや別に鍵かけようとか思ってないから! 扉側に立っていいからお前! 押して開くタイプだから脱出もスムーズにできるし!」

 あれ、なんでだろう。

 目から汗が。

「……それもそうか。いざとなったら蹴り潰せばいいだけだし」

「…………」

 何を? とか聞けるわけなかった。

 ということで、お客人たる女帝様を玄関に迎え入れ、日光をシャットアウト。

 そんなに広くない玄関は一気に薄暗くなったが、俺にとっては丁度いいくらいだった。扉によりかかってドアノブに手をかけている女帝様から目を反らしておけば、直射日光ナシ、輻射熱ナシ、人混みナシの、すさまじく快適な空間だ。

 パソコンと椅子があれば完璧。ペプシがあれば言うことなし。

 ビバ・引きこもり。

 夏は引きこもるに限る。

「で……『ツラ貸せ』って、どこに?」

「お祭り」

「へ?」

「だから、お祭り」

 数秒の沈黙。

 のち。

「お前……この俺が直射日光と輻射熱と人混みという地獄三コンボに耐えられると思っているのか!! 耐えられると思っているのか!!!」

「耐えろ」

「無理! 絶対無理!」

「人間そんなモロくないよ。ダイジョブダイジョブ」

 棒読みだった。

 いっそ「熱射病で死ね」とか思われてそうな感じの棒読みだった。

「ほら、おいしいもん売ってるしさー」

「いやいやいや、食べ物より命の方が大事です!」

「浴衣美女いるかもよー」

「ぐっ……さ、三次元に興味はない!」

「…………苦し紛れだなオイ」

 ため息混じりに言われた。泣ける。

 首まで横に振りやがった。手遅れなのか俺は。

「まったく……私という美少女にお祭りに誘われてるんだから嬉々として外に出てくればいいものを……」

 女帝様のお言葉は聞こえなかったことにした。

「リア充ごっこしてあげようと思ったのにー」

 心なしか声が大きくなっているような気がするが、聞こえなかったことに

「なんなら、浴衣に着替えてきてもいいんだけどなー」

 き、聞こえなかっ

「お祭りあとの花火とかもいいよねー」

 聞こえ……

 つうか揺らぐんじゃねぇ俺ぇえええええええええええええええええええ!!

 現実を見ろ! そうだ現実を見ろ!

 この女帝様のことだ、リア充ごっこと称して俺にありとあらゆるものをたかるに違いない! あの割高な屋台の商品を奢らなければならない状況になるに違いない! それでいて俺は何も食えないに違いない! ただの荷物持ちとかゴミ持つだけのポジションになるに違いない! そして花火とかそんな危険なもの持たせたらこっち向けてくるに違いない! んで浴衣着るとか絶対嘘だ! 「やだ暑い」とか言って色気も何もない普段着のままに違いない!

 よ、よし、これで全然魅力的じゃない!

「と、とにかく俺は祭りなんて行かないからな!」

「ふうん。ま、いいか。そっちの祭りは」

 ……うん?

 そっちの祭りってなんだ? と俺が首を傾げている間に、女帝様はごそごそと尻ポッケからパンフレットを取り出した。

「こっちの祭りは断らないよね?」

 夏コミケの……最も熱い祭りのパンフレットだった。