コンビニエンス・フレンド

コンビニエンス【convenience】
好都合。便利。また、便利なもの。手間がいらない重宝なもの。


「水無瀬(みなせ)、ちょっと肉まん買ってこいよ」

 放課後。

 静かな教室でマンガを読んでいた俺は、そんな命令形に反応して視線をあげた。

 真っ赤な夕日が目に刺さる。あんまり眼球によろしくない刺激だ。

 そんでもって、今の指令も俺にとっては都合がよろしくない。

「いま、すっげぇイイトコなんだけど」

「ふうん。……で?」

「で? じゃねぇよ。なんでそんなジャイニズムあふれちゃってるのお前」

 ぐりん、と首を後ろに向ければ、一見おとなしそうな優等生系男子が感情のこもらない視線を俺に向けていた。

 親友。ではあるものの、この通り性格は問題だらけ。

「二回目だろ、それ読むの。だったら別にいいじゃないか、ローソンで肉まんとからあげ買ってくるくらい」

「なんか増えた! なんか増えてるよ! 条件とか商品とか!!」

「肉まん買うならローソンだろ?」

「知るかよ!」

「ごちゃごちゃ言うな。パシリたるもの僕のコンビニエンスになれよ」

「そんな意味のコンビニは嫌だ!!」

 しっかりパシリって言っているあたり、悪意しか感じない。

 というか、親友だと思っていたのは俺だけなのだろうか。なんか不安になってくる。

 そんな不安を助長させるように、親友(たぶん)はさらに指令を難解にした。

「じゃあ、ローソンの肉まんとからあげ、ファミチキ、あとミニストップでチョコソフト。少しでも冷めたり溶けたりしたら、買い直しな」

「てめぇええええええええええええ!? 暴君!? 暴君なの!? つーか仮にそれが物理的に可能だとして、お前がチョコソフト食ってる間に他のもん冷めるし、他のもん先に食ったとしたらチョコソフトは確実に溶けるわ!!」

 結論:不可能です。

 学校の前に、ローソンとファミマとミニストップが隣接してれば可能だったかもしれないけども。

 実際には、ローソンとファミマは別方向にあるし、ミニストップはそもそも近所になかったはずだ。自転車で可能な限り急いでも、三十分はかかる。

 ハナから不可能な命令だ。どうしようもない。

「冷凍庫も電子レンジも完備してるだろ、コンビニエンス・パーソン」

「あなたとコンビにはなりたくねぇよ!」

「コンビにはなれないだろ、パシリなんだから」

「身も蓋もないっ!!」

 思わず頭を抱えて叫ぶが、根本的解決にはならず。

 言葉で勝てるわけもないので、暴君の言うことを聞かなければいい話なのだが……それはそれで、なんか恐ろしいことになりそうな気がする。

 たとえば──気だるげにペンを回している親友(?)の机には、来月催される学園祭関連の書類が並んでいる。内容は、各クラスの催し物、体育館ステージのスケジュール、開会式や閉会式の進め方、後片付けの手順……その他もろもろ。

 生徒会長たるこの男は、こういったイベントの取りまとめをする機会が多いのだ。

 だから、ヘタなことをすれば、イベントの裏方……つまりは面倒くさい役を引き受けることになったりもする。

 後片付けの監督ならともかく、体育館ステージのスケジュール調整なんてものを回されたら。

 軽音部や演劇部、部活ではなくてもバンドを組んでいるやつらも含め、ステージを使いたい連中はたくさんいる。限られた時間でそれぞれの希望を叶えることなどできないし、かといってどこを贔屓にすることもできない。

 簡単に言えば、ものすごい恨まれ役にならざるを得ないポジションを押しつけられたりもするのだ……経験者は語る。

 あんな思いは二度としたくないのが本音。かといって、今回のミッションは不可能すぎる。どうしたものか──

 と、考えていると。

「駄目でしょ、会長。水無瀬君をイジメるなんて」

 扉近くから救いの言葉が聞こえてきた。

 息を合わせなくても、俺と暴君は同時に声のした方を向く。銀ブチ眼鏡をかけた、友人その二な女子生徒が、扉に手をかけたままこちらを見ていた。

 片手には、コンビニの袋が揺れている。

「僕は暇人に仕事を与えてやっただけだが?」

「結構です! その心づかいは必要ありません!」

「ほら、見なさい。暇人は暇人なりにやることがあるのよ」

「あんたも大概ひどいこと言うなぁ!」

 どうせ俺は放課後に教室でマンガ読んでるような暇人です! とは絶対に言わない。

 生徒会長と生徒会書紀のいる前でそんなことを言えば、絶対に何かしらの仕事を与えられてしまう。

「そんなことより、ほら、差し入れ」

 俺のツッコミを華麗に流したメガネっ娘(書紀)が、コンビニ袋を差し出しながらこちらに歩み寄ってきた。

 よくよく見れば、袋には温かいものが入っているらしく、ビニールが微妙に曇っている。

 プリントされた店名に、少しだけ嫌な予感を覚えつつ、俺は書紀の次の言葉を待ち、

「ファミマの肉まん、買ってきてあげたからありがたく食べなさい」

 その五分後には、ローソンに向かって自転車をとばしていた。