ようかい

 食卓に出された料理は残さず食べるは、親が僕にそう躾けたからだ。

 勿体ないとか、食料になった動植物の気持ちを汲んでやるとか、そういった感情は後付けのもので、物心が付くまではただ漠然と教えられたことを行うようにしていただけ。

 とは言うもの、それは起源の話。

 今では僕もいい大人だから、その辺りの建前と根幹と世間体は理解している。

 つまりなにが言いたいのかというと、「僕らが食べているものは何かの命で出来ていて、僕らはなんの権限も持ちはしないのだが生きるためという大正義の下、殺生を正当化し且つそれにより得たものを糧として生きている。だから生きているとは素晴らしい。素晴らしいから賛歌にしよう。人間賛歌を斉唱しよう。みんなで歌うからみんなが正しいんだ。そして罪悪感に苛まれぬよう、免罪符を用意しよう。奪った命は戻らない。戻らないけど食べた命は僕の血肉となってこれからも生き続けるのだから。ああありがとう。責任を持って食べ切ります。責任を持ってあなたの血肉を糧にします。いただきます」といった思想がこの世の中には蔓延しているという事だ。

 責任。

 老若男女。誰しもが、生まれた赤ん坊でさえも持っているものである。

 責任とは境界線だ。

 ここから先は踏み入ることはできない。だから自分はその線を踏み越えないようにしなければならないという線引きだ。自分が行動できる範囲の認識。できる事とできない事の分別。

 その責任の在り方というか、オトシマエの付け方が、最近どうやらいい加減になりつつあるらしい。

 以下、回想。



「と、まあこんな感じで幼生が人の手に渡ってしまうという事例が増えている。今のところ奇跡的に問題は起こってはいないが、事が起きてからでは遅いということを努々忘れるな。では本日はこれにて散。次会の招集は追って連絡する」

 じじいが何時になく厳しい顔つきで議会を締めると同時、集まっていた人間が無言で座敷から出ていく。

 僕は一応身内だから右手を挙げてじじいにコンタクトを取ってみたが、鬼のような剣幕を浴びせられるだけだった。

 実孫だぞ。

 もう少しフレンドリーに接してくれてもいいじゃないか。

 そんな熱烈というか冷たい態度を取られたので右に倣ってそそくさと座敷から出ると、廊下で見覚えのある顔にばったり出くわした。

 つむじのあたりで結わえた長い黒髪がセーラー服に映える。薄い唇とぱっちりとした双眸。親戚の黒崎凛子(くろさきりんこ)だった。

 凜子は少し驚いた様子で僕の顔を見て言った。

「往人(ゆきと)……?」

「おう」

「継いだんだ、家業」

「いや、まあそういうわけではないんだけれども」

 説明をするとものすごく長くなるので割愛。

「じじいに呼び出されたんで来た。そんだけ」

「そう。まあ、人は多いに越したことはないからね。今回の件については特に」

 今回の件。

 先の議会の中であった議題。

 わけありの僕をも招集しなければならないほどの事柄。

「ああ……妖怪ウォッシュだか妖怪ウォッチだか知らないが、一般人が妖怪の幼生を飼ってるだって? 冗談も休み休み言えよって話なんだが。防人の一族は何やってんだよ」

 僕がため息交じりにそういうと、同調したように凜子が肩を落として首を振りながら続く。

「それについては本当に申し訳ない限りだわ」

 凜子の家は防人の一族。

「で、原因は分かってんのか?」

「いえ、それが……」

 不明ってか。

 まあ、あり得ない話ではない。

 妖怪変化、魑魅魍魎の類は、人力では推し量れない領域に住まう存在である。それが例え邪悪であろうとも神聖であろうとも、人以上の存在であることは間違いない。つまりは、イレギュラーが存在するということだ。

 凜子の家系はそれらと交信し、利あれば親交を。害あれば隔離を行ってきた一族である。だからある程度の事態には対応する術を持っているはずなのだが。

「お父さんは地方へ出ていてこっちにはいないから……」

「ああ」

 そういう事ね。

「なら、ちょっと僕たちで、調べられる所まで調べてみようか」

「え、でも二人だけで出来ることなんて」

 口ごもる凜子を制して僕は言った。

「お前は防人だろうが、僕は退魔だ」