ゆうれい

「名前は?」

「月城です」

「職業は?」

「会社の受付嬢をやっていました」

「そうかい。で、月城さん。アンタは何であんな所でマッパになっていた?」

「えっと、それはあの、なんと言いますか……私のプライバシーに関わることなので、えっと…………」

「あー。言いたくないなら言わなくてもいいよ。俺はケーサツじゃないし。その辺の黙秘権っていうの? そういうのは有効だから」

「裸になるのが、好きなんです」

「言うのかよ」

 しかも、できることなら聞きたくなかった。

 女性に対して幻想を抱く年齢はとうの昔にすぎているから、幻滅したというわけではないけれど、しかし節度を持った行動というのは子供大人に関わらず、意識し実践することで自分の身を守ることにもなる。それが女性であれば殊更で、昨今の世間の治安状況を鑑みれば、趣味趣向の範囲だったとしても性癖だけはクローズβにしておいて欲しいところだと風桐計(かざきりけい)は思う。

「月島さん。たしかに今は夏だし、開放的になるのは分かる」

「いやあ、ご理解いただけて嬉しいです」

「別に褒めてねえよ」

「ふむ。しかし風桐さん。私から言わせていただくと、風桐さんはもう少し軽装になさったほうが良いと思うんですが……」

 言われて風桐は、首元のネクタイを触る。

「ん? ああ、いいんだよ。『仕事中』だからね」

 気温三十度近い夏日。加えてアスファルトからの照り返しが酷いというのに黒スーツに黒ネクタイ。

 だが風桐は汗一つかかず浮かべず、涼しそうな顔をしている。

「さ、話を戻そうか、月島さん。今は夏だし開放的になっちゃうのは分かる。でもだからって、それがマッパになっていい理由にはならないんだよ」

「ええ。そのくらいの事は存じていますよ?」

「ほう?」

「ですが、それは俗世の倫理観から来るものだと思われます」

「と言うと?」

「はい。私は既に俗世からは外れた存在なので」

「ん。……まあ、自覚があるのは良いことだ。そう、月島さん──アンタは一回死んでいる。アンタは」

 幽霊だ、と風桐は言った。

 幽霊。

 死んだ者が成仏できず、姿をあらわしたもの。死者の霊があらわれたもの。

 死装束の霊や足のない姿が安定化した幽霊像となっているが、それは実態ではなく、人の都合がいいように作り出された特徴である。異なるものを見分けるための判断材料。それを持ち出して月島を見ると、月島は『人間』という括りになってしまう。

 月島には足がある。

 死装束も着ていない。

 手の甲を見せるようにしていない。

「大抵のやつは自覚がな。自分が死んでいるってことに。説明の手間が省けて助かるよ」

「いえ。そういえば風桐さんは、『見える』お人なんですね。こうして誰かと話すのは久しぶりです」

「へえ。まあ、今はそういう環境じゃなくなってきてるからね。だから見える奴ってのも少なくなってきてるってのはあるな。そうじゃなくともアンタみたいな浮遊霊程度じゃあ、存在力も低いし」

「富裕霊? ランクとしては高いと思うんですが」

「おめでたい頭をお持ちのようだね」

「いやあ、よく言われます」

「やめろ。いい笑顔をこっちに向けるな。可哀想になってくる」

「可愛い?」

「言ってない。ていうかすげえポジティブだ。アンタよく幽霊になれたな」

 幽霊ってのは、なにか強い思いを残して死んでいった人間が獲得する延長時間だから。と風桐は続けて言う。

 強い思い。想い残し。後悔。

 あれがしたい、これがしたい。何かが欲しい、何が欲しい。

 そういった強い思いというのは、意志となり、何かをするための原動力となる。存在理由となる。

「アンタの存在理由は?」

「……裸を、見せることですかね」

「溜めて言ったが全然カッコつかねえよ。仮に月島さん、それがアンタの存在理由だったとして、じゃあなんでアンタは成仏できてないんだよって話にならないか?」

「…………えっと……」

「あー言いにくいんなら別に言わなくても」

「私、経験のない処女なんです」

「言うのかよ」

 しかも喰い気味だった。

「二十七年も生きてたのに、そんなの寂しいじゃないですか。勿体無いじゃないですか。だから、誰でもいいから最後に、と」

「ふうん」

 風桐は納得した風に軽く相槌を打った。

 相槌を打って──月島を背後のコンクリート塀に押し付けた。

 白昼堂々。閑静な住宅街のど真ん中。人通りは少ないが周辺地域住民の目があってもおかしくはない主道で、女性を壁に押し付けて迫った。

「じゃあ、俺でもいいわけだ?」

 顔を近づけると月島が身体を捩って拘束から抜け出そうとする。が、風桐の、大人の男の力に勝てるはずもなかった。金的を狙った苦し紛れの膝打ちも制され、なす術もなく塀に押え付けられる。

 震えていた。身体が震えていた。

 これが恐怖だと初めて知った。身に迫る危機を、月島は生前から向こうこちら、初めて体感した。

「なんで怖がる? これがアンタの望んだことなんだろ?」

「…………っ! 離、して……!」

「なんで嫌がる? これがアンタの想い残しなんだろ?」

 直後、月島は唐突に押え付けられる力が無くなるのを感じた。支えがなくなり、アスファルトに座り込む。震えが止まらない。頭の天辺からつま先まで全身。悪寒に包まれるような気持ちの悪い感覚がざわめく。

「──と、まあこんな感じで、嘘なんてのはすぐにばれるんだ。それが存在理由を目的とする霊なら尚更。あー言いにくいんなら別に言わなくてもいいよ。でも、教えてくれるんなら協力はする」

 風桐は言う。

「天使庁葬儀課第七班、風桐計がアンタを成仏させてやる」