こんびに

 だから俺は言ったんだ!

 あんな、賞味期限の切れた蒸しパンなんて食ったら腹壊すって!

 それをお前、「え? 賞味期限? いやいやちょっと腐ってるぐらいがおいしいんですよ。チーズだってそうでしょ。豆腐だってそうでしょ。女子だってそうなんですよ?」とか。

 いやいやいやチーズも豆腐も腐ってはいねえし、あまつさえそれだけでも結構な認識ミスをしているにもかかわらず、女子だってちょっと腐ってた方がおいしいとかそれどう言う事ですかああああああああああ!

 あなたは同属の女子を喰った事があるんですかあっち的な意味で!?

 あなたは百合でユリユリしてるんですかそっち的な意味で!?

 ──的な質問をあいつにしたら真顔で肯定されそうでなんかムカつくからそれは一先ず置いておくとして、目下の問題は別にある。敵はここには居ないが、最優先すべき事は別にある。


 ト イ レ は ど こ で す か 。


 切実に。他の事には目もくれず。なりふり構わず。寸分違わずこの質問を叫び倒す。


 ト イ レ は ど こ で す か 。



 最重要なので二回言った。

 他意は無い。下心すら無い。皆無と言っていい。

 今の俺を支配しているのは三大欲求と言われている食欲・睡眠欲・性欲なんて矮小なものとはかけ離れた存在だ。

 前述した三大欲求。奴らは精神的なコントロールができればある程度は抑える事ができる。

 所詮欲なんてそんなもんだ。ただ、いま俺の身体を蝕み続けているこの感覚は──便意は、コントロールなんてできっこない強大な存在なのである。

 便意は意志だ。しかも身体の。俺自身の身体の。

 そこには俺の「うわあん便なんてしたくない!」という意志を蔑ろにした、ある種、神からの啓示のような力がある。

 それもこれも、全てはあいつのせいだ。

 あいつが俺に賞味期限切れの蒸しパンなんか食わせるからだ!

 確かに蒸しパンは好きだああ好きだよ! タダで貰えたのも嬉しかったさ!

 でも、こんな事になるなんて思わないじゃないかあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!

 ああどこでも良いんです。今すれ違った奥さん、あなたの家のトイレでも構いません。誰かトイレを! ギブミートイレぇええええええええええええええ!

 何故、昨今の公園には公衆トイレがないんですか! あああああ来てるキテル、神の御意思ががががぎぐ!

 はうあ!

 あ、あれは──この現世に存在するオアシスにしてサンクチュアリにしてフェアリーゾーン、ラストエデン。街のホッとステーション・コンビニエンスストア!

 扉を蹴り開けて店内に這入りこむダイナミックエントリぃいいい!

 不審者を見るような目を俺に向けてきた店員にもダイナミックエントリィイイ!

 店の最奥、ヴァルハラの扉に手を掛けた先客にもダイナミックエントリぃいいいいイイイイイイ!!

 そして辿り着いたセブンスヘブン。

 もう、俺を縛る者は、誰も────


 そこで俺は我に返った。トイレが空いていたにもかかわらず、中に誰かがいたからだ。

「あら、そんなに急いでどうしたの?」

 聞き覚えのある声。

 青の制服に身を包んだその人物は、ゆっくりと振り返って俺に言った。

「今日は私のシフト日よ」

 この日を境に俺は、賞味期限切れの商品を無料で譲ってもらうという、せせこましくも違法な行為に手を染める事を、


 やめた。