三 日・沈む

「前に、話を聞いたことがある。……まぁ、それだけの理由なんだが」

 北にある島国が、どんな状況にあるのか。シルヴィは全くと言っていいほど知らない。

 しかし、村で聞いた「村以外の土地の話」で印象に残っていたのは、すぐ近くにあるという港町・アンブシュールと、そこから船に乗って向かうことができる異国だけだったのだ。

 家族も、家も、村もなくしたシルヴィに、これといったツテはない。であれば、なんとなく聞いたことのある土地に行ってみるのも手だろうと思えたのだ。

「金はあるのか?」

「天使も俗なことを言うんだな」

 シルヴィは軽い調子で返し、

「……船乗りの一人に勝ってみせるから、用心棒として雇えと言ったんだ。海の上にも賊はいるらしいからな」

「それは──」

「〈悪使い〉になる前から、村の中で最強を目指していたんだ。殴りかかってきた大人を投げ飛ばすくらいはたやすい」

 当然のように言ってのけるシルヴィに対し、フェリクスは言葉を失っていた。

 事前に取り込んでいた人間に対する知識との齟齬があったが、冷静に分析してシルヴィをイレギュラーとして分類。「そういうものだ」ととりあえずの納得をしておく。

「……なんと言っても、ついてくるんだろう?」

「当然だ」

 シルヴィの問いには即答した。

 どれだけ遠距離の移動をしようと、どれだけ過酷な道を歩もうと、主から監視を命令された対象──シルヴィから離れるつもりは、フェリクスには全くない。

 ただ、一つだけ言っておくことがあった。

「海を渡るのは、容易ではないはずだが」