第2章

 嫌な予感がした。意識の奥底から、耳を塞げという悲鳴が聞こえてくる。鏡面のような心の下に押しこめた、グレッグ・ブリューを恐れる記憶が叫んでいる。

 コッカーの告げる事実から目を背けろ。さもないと、僕は──

「一週間後、グレッグ・ブリューは『退院』します。……今日は、その報告をしに来ました」

 申し訳ありません、というか細いコッカーの声を聞き取ることができたのは、半ば奇蹟だったのだろう。

 僕の意識はすでに、朝方に見たテーブルの上に集中していたのだから。




 気づけば僕は、すでに居間のテーブルを前にして立ち尽くしていた。

 どんな会話をしてコッカーと別れたのか、どんな道順を通って家まで辿りついたのか、ひどく曖昧だ。知らない間に増えた怪我だの、なくなったものだのがないことを確認する。

 どうやらぼんやり歩いて帰ってきたわけではなく、かといって全力疾走をしたわけでもなく、可能な限りの早歩きで帰宅を急いだらしかった。太腿に走ったあとほどでもないがこわばりが残り、妙に気だるい。

 そのときの僕の様子など想像したくもないのだが、たいそう必死な顔をしていただろう。

 グレッグ・ブリューが外に出る。

 それも、あろうことか健常者として。

 退院後、やつが人を殺そうと殺すまいと関係ない。ただ、平然と生き延びていることが気に食わない──いや、たとえ反省していても気に食わない。反省するぐらいなら、人殺しなどという大罪なんて犯すべきではないはずだ。救いようのない、人間として最低域のバカだったというだけのこと。

 僕は、反省も、後悔も、懺悔もしない。