第2章

 整然と並んだ石板の中の、同じファミリーネームが彫られた三つの墓だ。父母と、妹。父は一〇年前、母と妹は七年前の日付が並んでいる。

 父は病で。母と妹は鉛玉に倒れた。

 毎年秋になると、花屋で適当に見繕ったマリーゴールドを母と妹にささげるのが習慣になっている。どうあっても目をひく、鮮やかなオレンジの花弁。へたに色の混ざったものよりも、紙で作った花飾りのような橙一色の種を好んでいたことだけは、覚えている。

 庭で花をいじっていたのはもっぱら母と妹で、僕と父は花壇に近づくこともほとんどなかったように思う。だから、父の墓石に乗せたのは、ここにあってもなんらおかしくはない真っ白な花だ。手向けの花としてはポピーが最適なのだろうが、あいにく今は季節ではない。

 手に残ってしまったマリーゴールド特有の香りを気にしながら、目を閉じる。

 涼やかな風が通り過ぎていった。どの季節でも緑を失わない芝生と、花束を包む包装紙が揺れてたてる音が心地良い。それ以外の音はほとんどない。静かだ。

 墓地の静けさの中にいれば、大きな感情の揺れに脅かされることがなかった。恐怖も、怒りも、悲しみも、沈黙にとけていく。死者の集まる場所で、僕も半分だけ死者の仲間入りをする。死ぬまで逃れられない呪縛から、一瞬だけ解放される。

 深呼吸を三回もすれば、朝に沈み込んだ気持ちは元通りになっていた。荒れていた水面が、ガラスのような平坦さを取り戻したように。