第二章 深奥に滲む

 ──死にはせんじゃろこの不老不死(身体)が!

 直撃、と思われた瞬息の間だった。視界の端に映る大狼が放った爆風纏いの咆哮が火球の横っ腹を叩き、寸での距離にいたイドを巻き込んで吹き飛ばした。
 二、三度地面を弾みながら転がったイドはようやく止まってニールを見る。
 牙の並びがそのまま魔法陣を成している蒼白い大狼に片手を上げて無事を伝えると、当たり前だとでも言うように彼女は顎で前方を差した。
 そちらの方を見やると、彼が前を向いていた。
 後姿だけでも見紛うはずがない。
 それでも顎髭をたくわえた顔を見て、波打つ白群色の長い髪を見て、彼であることがより鮮明になる。
 しかし溶けた目や、浅黒い肌は生前のそれではなかった。
 彼の足元に広がる魔法陣。その役は活動を、その意は裏返しをそれぞれ象徴している。
 すなわち──




 ローヤは首を捻った。
 絵本の中では次の旅を主人公の二人は約束していたのに、術師が居なくなる理由が分からない。
 元より、作中ではその後のことなんて描かれてないし次巻も出ていないから知りようなど無いのだが。
 しかしそれでもミラベルは紡ぐ。
 物語の続き(現実)を。

「居なくなる理由なんて術師にはありません。だって彼は、呼ばれてしまっただけなのですから」
「……呼ばれる?」

 反芻するとミラベルは頷いた。頷いて、ぽつりと言葉を続けた。

「未来に」

 ふつり、と。
 ローヤの中に考えが沸き起こる。
 整理しながら一つずつ行こう。ローヤは自分にそう言い聞かせる。
 老樹の国(アトウッド)で読まれる「暁の二人」の物語は実話で、四百年前の話であるらしいことをミラベルは言っていた。
 主人公の一人は千もの刃を宙に漂わせ、身の丈もある大刃を振るう英傑の王。片や莫大な魔力(マナ)で炎を従え魔の法を振るう術師。
 王は薄い青みがかった髪を。術師は灰色のような銀髪をしていた。
 薄い青みがかった髪は、老樹の国(アトウッド)に住む古い先祖を持つ血筋であれば発現する身体的特徴だ。
 灰色のような銀髪はこの国で見たことはないが、一人だけ頭に浮かぶ人物がローヤの中には居た。
 その人物のことを思い出す。
 ローヤはこの洞窟で聞いていた。狼と少年の会話を。
 狼は言っていた。なぜ四百年もの間、姿を姿を消していたのかと。
 まさか──。心拍数がにわかにその速度を上げるのを感じながら、ローヤは絵本の内容を思い出す。
 竜殺しの二人には名前があったはずだ。
 頭の中に浮かぶ頁をめくれば、見えてくる。
 王は名を華燐王。
 術師は、燠の魔法使い。
 たしか──。ローヤは再び狼と少年の会話を想起する。
 狼は少年をこう呼んでいた。「燠の」と。
 そこから先は、早かった。
 牢獄での会話や大広間でのやり取り。ミラベルの応対。見聞きした情報が繋がり、ローヤは額に汗を滲ませた。