V 世界は廻る、死者とともに

「おや? そういえば【世界】は──」

「っニコラ! 私が入室したあとはしばらく待ってから扉を開くよう、何度も言ったはずだが!」

 応える【世界】の声は、壁と扉の隙間から発されているせいか、若干こもって聞こえた。

 よろよろと扉の陰から現れたカードは、先ほどよりも床に近いところにいる。

 カードの姿であっても、「頭を強く打った」ような衝撃は感じるのだろうか。動きはおぼつかないのに声だけはやたらと張りあげられているから、演技なのかもしれない。

 十三番が疑問を自己完結させている内に、【世界】は揺れ動きながら寝台へと近づいている。

「まったく、私の体が折れ曲がってしまったらどうするつもりだね? 扉は慎重に、ゆっくり、奥に誰かいないか確認しながら開きたまえ!」

 ニコラと呼ばれた老紳士は、自分の言葉通り【世界】の主張を聞き流し、棚の上のリースを手に取った。そして、ふらふらと接近しつつある【世界】にリースを引っかける。

 ──と、カードの形をとっていた【世界】が、人間の姿に切り替わった。

 カードを裏返したら別の一面が見えるという、手軽で当たり前な、しかし視覚的には大きな変化をもたらす現象のように。

 移動の途中で突然人間の姿になった【世界】は、バランスを崩して転び、床に座り込んでいた。立ちあがっても床に届きそうなほど長い白髪を細かく編み、表が赤、裏が青地の布を体に巻いているだけの姿は、確かに【世界】に描かれていた女神と同じだ。

 頭にツタ性リースを乗せた、十代半ば程度の少女の体をしていることを除けば。

 呆気にとられる十三番をよそに、【世界】は再び説教を始めた。

「い、いきなりリースを乗せるな! 私の体がうっかり露わになってしまったらどうするのだ! 布を巻いただけなんだぞ!」

「そういう風にしたのはあなたでしょう。というか、あなたの話は聞き慣れていないと分かりにくい上に不気味なのに、見た目でそれを助長してどうするのです」

「うぐっ」

 慣れた様子で切りかえした老紳士は、【世界】がおとなしくなったのを見計らって十三番へ向き直った。

 そして、赤い長衣の懐からカードを取り出す。

 描かれているのは、彼と同様に深紅色の長衣をまとい、片手に長い杖を持って弟子を導く老人だった。

「申し遅れました。私は【信徳】のニコラ・ジュベル。【世界】の世話役をしています」

 そう言って、折り目正しい礼を見せるニコラ。